消費期限が切れた小沢一郎

小沢氏の消費期限が切れたのは、民主党や日本国民ではない
アメリカの消費期限が切れたのです。

都知事の石原慎太郎氏が過去言っていたように「あの人ほどアメリカの
言いなりになった人はいない」とまで言われた小沢氏が何故か左翼に
取り込まれてしまった。

2003年、小沢氏の自由党は民主党と合併する。2006年4月、
前原誠司のあとの代表を管直人と争った結果、民衆党の代表となった。

過去の様々な失敗でライトの当たらない所にいた小沢氏が突然運よく
民主党の代表が転がりこんできた。
参院選挙で勝てば再び脚光を浴びる事ができる、そのために悪魔の左翼達
をたらし込んだ。
そして小沢氏は民主党内の支持基盤を旧社会党出身の議員達で固めた

彼は選挙に勝つために地域労働組合の自冶労や日教祖とも手を結んだ。
しかし邪悪の左翼を取り込んだつもりが逆に左翼に取り込まれてしまった。

お陰で4億円を超える不透明な事務所経費や10億円を越す不動産の
疑惑の追求を左翼マスコミから逃れる事ができた。

本来の小沢氏は細川総理に集団自衛権の行使を迫ったり、海部総理に
自衛隊の湾岸戦争への派遣を迫ったする親米の保守政治家で
あったはずです。

アメリカも彼のことを自分たちの走狗だと思っていたのに、いつの間にか
共産主義の闇勢力の走狗になっていたことに気がついた。

アメリカが心底気がついたのは、シーファー大使がテロ特措法延長に
理解を求めたが小沢氏は拒否した、しかも呼びつけた上に多くの
マスコミやテレビカメラの監視の中で恥をかかせた。

戦後の日本は政治も経済もアメリカの指示通り動かされてきた、特に
日本の歴代首相は親米以外生き残れない、田中角栄はアメリカを無視して
中国と国交を回復したがそのためにCIAの仕組んだロッキード事件で
失脚させられた。

アメリカの怖さを知り抜いている小沢氏が何を血迷ったか、テロ特の
延長に邪魔をした。
左翼に赤く染められ反米にされてしまった小沢氏はアメリカの消費期限を
過ぎてしまった。

当然アメリカはあらゆる手段を使ってでも小沢潰しを仕掛けてくることは
自明のことである。アメリカは守屋次官をめぐる防衛利権疑惑で小沢絡み
の一部600万円のねたを出してきた。

以前自民党の中枢にいた小沢絡みの莫大な防衛利権の闇をねたに、彼を
脅しにかかった。

アメリカは中曽根康弘元首相と読売新聞の渡辺恒雄氏を使って自民、民主
の「大連立構想」をお膳立てした。
民主党は政権を目の前にして自民党と連立を組む必要はなにもない、
しかしすでに脅しが効いている小沢氏は会談を拒否できない、
参議院で出されている民主党の政策と自民のテロ特を交換ならば面子が立つ、

しかし民主の幹部は全員反対した、小沢はアメリカの為にテロ特を通す
連立が生きる道だが了解すれば左翼を裏切る事になる。

身体窮まった小沢は辞任した。

赤く染まった小沢氏はアメリカにとっても日本の国益にとっても
消費期限が切れてしまった。
































アウンサンスーチー

民主化運動は「善」軍事政権は「悪」という単純な見方だけで全てを
判断するのは間違っているような気がします。

もちろんミャンマーが民主国家になるのは大賛成なのですが、
国の最大の目的は国が富み、国民の生活が豊かになることです。

その手段として民主化運動があります、決して目的ではありません。
軍事政権でも国が豊かになり国民が幸せになるなら、
なんの問題もありません。

アウンサンスーチーは、1988年母の看病のため民主化運動の燃え盛る
ビルマへ帰国、学生たちに推される形で表舞台に登場した。

同年、国軍による全権掌握、集団指導体制の軍事政権が成立した。

彼女は15歳から42歳までビルマを離れていた、その間
イギリス、日本(2年)と豊かな民主国家で暮らした、御主人はイギリス人。

祖国に帰って見ればあまりの貧しさに愕然、ビルマの貧しさの原因は
全て軍事政権にある、自分が暮らしたイギリスや日本のように豊かに
なるために国を民主化する事が必要である。

彼女がこのように考えるのは至極当然だが
あまりにも軍事政権憎しで彼女の思考が矮小化されてしまった。

彼女は外国の開発援助や投資は現政府にとって有利になるだけ、国民には
何の利益もないと言明した。

そのために欧米先進国の多くはミャンマーへの支援を行っていません。
しかしたとえ軍事政権であろうと経済の自由化があってこそ国も豊かになり
時が経てば民主国家へと少しずつ変わっていくのではないかとおもいます。

スーチーさんがあまりにも有名になりすぎてスーチー「善」、軍事政権「悪」
という構図の中で世界の批判が集中したため、軍がますます強圧強権に
なっていったような気がします。

そして結果邪悪の国、中国に取り込まれてしまいました。

ミャンマー軍事政権は同国最大の埋蔵量が見込まれるシュエ天然ガス田の
採掘権を中国に譲渡、中国とミャンマー間では1500キロのパイプライン
施設計画、ミャンマー軍港を中国海軍の軍港として借用する事で合意、

次から次へと取り込まれこのまま進展すれば完全に中国の属国になります。

スーチーさんの民主化運動のためミャンマーが世界から孤立してしまい
軍はミャンマーを中国に売る羽目になってしまいました。

以前日本のNGOがスーチーさんに質問しました。

日本政府がビルマ国民を助けるために出来ることは何か?
『日本政府がビルマ国民の為に出来る事は、民主化を理解し、支持すること
民主化が達成されるまで、日本がビルマを助ける方法はない、
自国に経済的問題を抱えている国が(当時日本はバブル崩壊)、ビルマの
ような国を援助する事はできない、日本が自国に問題を抱えている事を
私はしっている』

この傲慢なセリフにビルマの将来に不安を感じたのは私だけでしょうか。

軍事政権でも国が発展した例を少し書いてみます。

それはお隣の韓国です。1961年朴少将が、軍事クーデターで民主党政府
を引っくり返し、自ら大統領に就任して軍事政権を作った。

今では信じ難いことだが、1961年朴大統領が政権を取った時、韓国は
北朝鮮やフイリピンより貧しかった、国民一人あたりの所得がわずか
80ドルだったという世界最貧国から、1972年には1620ドルと
いったように、20年弱で国民所得を約20倍にまで跳ね上げたという
「漢江の奇跡」を成し遂げた。

彼は日本の陸軍仕官学校に留学、その後創氏改名によって
高木正雄と名乗り終戦時は満州国陸軍中尉だった。

彼は戦前の日本をお手本にして国家主導で財閥を作り、戦後の日本経済
の急成長の秘密は石油化学にあるとして石油化学工場建設を急がせた。

そして日本から国家賠償を無理やり取り、日本の技術の移転や投資、
法律の整備まで全て日本を真似た。
結果今日韓国は先進国の一員になれた。

スーチーさんを批判したくはないが、ミャンマーにスーチーさんが本当に
必要だったのか、スーチーさんの長い戦いはお坊さんまで巻き込んで
まだまだ続いていく、

「優しい仏教国に幸あれ」と祈らずにはおれない。

















たたき上げの政治家

金曜日のブログの続きです。

野中氏が自民党の最高権力者、官房長官から幹事長までなった大きな
要因は、優れた情報収集力と他人の弱みを握って脅す手法にあります。

スキャンダルを恐れる政治家は面と向かって彼に反対できない。

北朝鮮に対する食料支援について彼は、
「隣国が困っているのに、援助をせず、心を通わせないで、拉致問題を
はじめとする日朝間の課題が本当に解決するのか、日本の平和と安全の
為にも、何らかの扉を開けていく事が,我々世代の責任であり、政治家の
責任だと思う」」とのべている。

しかし米をただ取りされただけで、なにも進展せず、むしろ核やミサイルを
進展させ、日本の平和はより以上危なくなった。

野中氏は朝鮮人と錯覚するくらい北朝鮮サイドにたって外交を展開している。
ミサイルの日本海撃ち込み、拉致、工作戦の領海侵犯、など国家主権を
踏みにじる事件の解明を棚上にげして、北と密約を交わして『人道支援』
と称し米を大量に支援してきた。

野中氏は1990年、金丸訪朝団の一員として北朝鮮を訪れて以来、
国家公安委員長を含む政府と与党の要職を歴任しながら、日朝国交正常化
をライフワークとして取り組み、訪朝を重ね北朝鮮要人や朝鮮総連幹部
とも接触を続けてきた。
しかし日本人拉致問題解決を積極的に取り上げなかった。

97年11月の訪朝では拉致を「行方不明者」と言い換えた。
彼は金正日が拉致を認めるまで、社民党などと同様の主張を行っていた。

彼の罪は,対北朝鮮だけではない、食肉業界の族議員、郵政族のドン、
その他在任中は数々の利権の中枢に居り、日本を間違った方向に誘導した。

そして自民党議員は常に彼の攻撃におびえていた。
2003年9月21日野中氏は最後の自民党総務会に臨んだ時、
『総務会長、この発言は、私の最後の発言と肝に銘じて申し上げます」と
断って、麻生政調会長のほうに顔を向けた。

『貴方は大勇会の会合で「野中のような部落出身者を日本の総理には
出来ないわなあ」とおっしゃった。君のような人間がわが党の政策をやり、
これから大臣ポストについていく、こんな事で人権啓発なんて
出来ようはずがないんだ、私は絶対許さん!」

野中氏の激しい言葉に総務会の空気は凍りついた。
麻生氏はなにも答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。

ちくったのは、同じ親中派の河野洋平だと言われている。

野中氏の異常とも思える中国、朝鮮びいきと懺悔は、彼の生い立ちも含めて
誤った歴史認識と部落民の差別の怨念が彼の背骨として支えているようだ。

南京虐殺記念館に花輪を捧げ謝罪しても、靖国神社へは
絶対参拝しない彼の思考は、普通の人から見れば売国奴としか映らない。

何故引退した野中氏のことをくどくど書いたかといえば、野中氏の恐ろしい
意思が古賀氏によって引き継がれている。子分の古賀氏だけでなしに、
今回の自民党左派政権によって彼の邪悪な思想がゾンビのごとく生き返る。

この人達に欠けているのは、国家的視点がまるでない、弱者の視点だけに
偏って国益を放棄する、その弱者も北朝鮮や部落の人達で日本の真の弱者
には目がいかない。

野中氏や古賀氏のようなたたき上げの政治家は実業家にはむいても、
政治家にはまるで不適格、古賀氏にしても女手一つで苦労する母親を見て
育ったため,視点が歪められ、国家的視点がまるでない。

古賀氏も野中氏と同様に利益誘導型、地元優先を掲げ世界より日本よりも
地元にしか関心がない。

このような視野の狭い人が総務会長を固辞し強引に選挙対策委員長に
就任した。、野中氏の戦略によって選挙を司るこのポストを
手に入れたことで、党内で大きな影響力を持つ存在になった。

政権中枢を親中派で固めた福田首相はこれから日本を、
どのような間違った方向へ導くのか裏で暗躍する野中氏も含めて、
我々国民は注意して見なければいけない。



















たたき上げの政治家

昨日のブログの続きです。

野中氏の間違った考え方の元を今日は考えたいと思います。
それには彼の生い立ちを知る必要があります。

野中氏の地元である京都府中部にはマンガンを始めとする多くの
鉱山があった。そこでは、朝鮮半島出身の人々が働いていた。
野中の実家は、鉱山から逃げてきた朝鮮人労働者をかくまっていた、
また少年時代の野中の子守をしたのは、朝鮮人女性だった。
周囲の朝鮮人が青少年時代の野中に与えた影響は大きいものがあった
(「野中広務 差別と権力」より)

この抜粋だけで彼の異常な北朝鮮寄りの思考がわかる。

もう一つ彼の人生を支配した事は、彼は京都の被差別部落に生まれた、
現代ではもう誰も部落差別など考えもしない、むしろ部落解放同盟を
なのって、差別、差別と騒いで利権を保持し続けることに一般の人は
眉をしかめる。

もっと困ったことに在日朝鮮人が同じ手法で差別、差別と騒ぎ、うまく
利益を誘導する事に、日本社会が恐れて手出しが出来ない。

野中氏はこれらの人達を「弱者」として徹底的に権力で守ってきた。
このことが日本社会をどれだけおかしくしてきたか、彼は判ろうとしない。
彼は『部落差別をなくす事が私の政治生命』と標榜している。

野中氏はこれらの事を正義と信じて信念で行動するところに怖さがある。

『弱者に優しい政治』を思考の土台にした戦後民主主義の
落とし子なのである。

イスラム教徒がジハード(聖戦)として爆弾で何人殺そうとまったく
罪の意識を持たないのと、野中氏の哲学は似ている。
信じているものが全てで、それを成し遂げるためには手段を選ばない。

彼は弱者は政治が救済しなければならない、と言う信念の元に
外交も国内も「ハト派」的なバラマキ政治の姿勢をとった。

野中氏も左翼も常に大企業を攻撃するが、弱者を救うための財源は、
世界市場で血みどろの戦いを強いられている企業人の上げる利益なのです。

このことに考えが及ばないところにこの人達の限界がある。

常に弱者の視点でしか物を見れない野中氏は結果として、一般人から
見れば悪徳政治家としか映らない。

(長くなるので続きは次回にします)











日本が危ない

昨日のブログで古賀誠の危険性を少しだけ書きましたが、
今日は古賀氏の陰謀について少し深く掘り下げてみたいとおもいます。

古賀氏が党三役を四役にしてまで得た選対委員長の意味を考えたいと
思います。

四役に格上げする事によって幹事長と同等になり金を自由に使える。
その上、自民党の公認の権限をもち、比例区の人選と「名簿順位」を
決める権限も併せ持てる。

参議院の比例区は「名簿順位」というものがありませんが、
衆議院の比例区は名簿の順位によって当選が決まります。

その権限を持った男が自民党左派の古賀氏なのです。

今回の政権を自民党左派の人達で固めましたが、左派勢力としては、
どうしても福田氏を守りたい、福田氏の次は
おなじ親中派の谷垣禎一氏にしたい、早く言えば自民党支配を
このまま左派勢力にして続けたい。

そのために選対委員長になって思想の同じ仲間を増やす,
公認権を持っていれば新人に対して恩を売り、自分達の仲間にしやすい。

比例区においても小泉チルドレンを入れ替える事が出来る、恐怖の
小泉チルドレン達は生きるために親中派の言う事を聞かざるをえない。

名簿順位を上げてもらうことによって、必然的に自民党左派に組み込まれる。

古賀氏は野中広務氏の操り人形、今回の選対委員長に強引に
なったのも全て野中氏の指示,巷間言われている森喜朗氏の策ではない。

ここでまず野中氏の言いなりに動く古賀氏より親分野中氏の人物像を
考察したいと思います。

政治家には二つのタイプがあります、自分の利益しか考えないタイプと
自分の信条で動くタイプ。

野中氏は信条で動くタイプ、山崎拓氏は利益で動くタイプ、しかし
例えば北朝鮮に関しては考え方も方向も変わらない。

山崎氏は北朝鮮に取り込まれて北の走狗になっているが、野中氏は自分の
考えを正義と信じて行動しているところに我々は底知れぬ恐怖を感じる。

議員時代に北朝鮮について喋った言葉を読売新聞より抜粋します、

平成11年12月北朝鮮の記念宮殿を訪問して
「ご生前中3度にわたりご会見の栄を得ましたことに感謝し、
金日成主席閣下の不滅の遺徳が、朝鮮民主主義人民共和国の
永遠の発展と日本国との友好発展の上に、おおいなるお導きを願い、
永久不変万年長寿をお祈りいたします」

日本人を100人以上拉致して世界に麻薬をばら撒く悪魔に対して
野中氏は本気で崇め奉っている。

平成11年11月新神戸オリエンタルホテルで開かれた会合で
「確かにテポドン、不審船、拉致疑惑といろいろあるが、先方と話をすれば
『三十六年間の日本の植民地支配はどうなる、日本は多くの人間を
朝鮮半島から拉致していった』とお互いにむなしい議論になる」
(11月24付読売新聞)

野中氏はまったく歴史を知らない、日本は朝鮮を併合していた時、毎年
日本の税収の10%を投入して、インフラを整備し、学校を1000以上
つくり教育に力をいれ、ハングル語を普及し、近代的な工場を作り
田んぼを整備して米の生産を3倍にし、荒廃していた治安を良くした。

朝鮮は李朝時代よりずっといい生活状態がもたらされていた。

野中氏は植民地化は悪でそこからの解放は善だという価値観で全てを
見ている、

白人達の殖民地化は、富の収奪を目的としているが、日本はまったく違う、
その証拠に同じ事をした台湾では日本に感謝している。

知識、教養がないとイメージだけで判断してしまう。

何故、野中氏は北朝鮮よりの考えを善と信じてしまったのか?
明日は彼の生い立ちから考察したいと思います。























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