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神風襲来    2月12日(水)


前回よりの続きです。
日本軍の小舟を仕立てた夜襲攻撃を防ぐために、元軍は各船を鎖でつなぎ合
わせて防御しましたが、日本軍は連鎖の敵艦を、ものともせず攻撃を加えま
した。

日本側の思わぬ猛攻に驚いた、東路軍は(高麗軍が主力)軍船を鷹島あたり
まで退却せざるをえませんでした。この弘安の役の緒戦である志賀合戦は約
8日間続けられ、元軍は湾深く侵入することができませんでした。
これらの奮戦ぶりは「蒙古襲来絵師」の解説に生き生きと記述されています。

そしてついに江南軍の先遣隊300隻と東路軍は壱岐で合流しました。東路軍
と江南軍の先遣隊が壱岐に集結したことを知った日本軍は、これを撃滅せん
として壱岐に向かった。敵の大艦隊を発見した日本艦隊はこれに果敢な攻撃
を敢行し、4日間にわたる激戦が展開された。

日本軍の猛攻を支えきれなくなった元軍は、平戸に退却して江南軍の本隊を
待ちます。平戸で集結した東路軍と江南軍本隊は太宰府攻略を目指して鷹島
へと向かいました。海上で合流した蒙古の大艦隊は大海原を覆い隠さんばか
りの大艦隊であったと想像されます。

敵の大船団が鷹島に向かったとの情報を得た日本軍は、敵船団に夜襲を決行
し、猛攻に次ぐ猛攻を加え、元軍に相当の損害を与えました。このため元軍
は艦船の修理、部隊の再編成などに手間取り、博多湾に進撃することが出来
なくて、鷹島に数日間滞留することを余儀なくされました。この数日間の
滞留が日本に幸運をもたらしたようです。

そしてついに1281年7月30日の未明から夜明けにかけて、大型台風が九州
地方を襲った。「元史」によれば「8月1日、風破舟」とわずか3文字で片付
けられていますが、「弘安の役」では神風が本当に襲来したことは間違い
ないようです。

日本の資料で見れば高麗の「東国通鑑」の条には「元軍帰らずもの無慮十万
有幾、我が軍返らず者亦七千余人」と記されています。また「元史」の「日
本伝」には、助かった二、三万の者は虜として日本軍に連れ去られ、蒙古人、
高麗人、漢人はことごとく殺され、南宋人五人は奴とされたが、三人は、か
ろうじて本国に逃げ帰り,十万人のうち帰る事ができたのは、三人のみであ
った記されています。

江南軍の総勢十万のうち帰れたのはたった三人なのに、高麗軍は二万八千の
うち、生還者は一万九千三百人であったと日本資料の高麗史には記述されて
います。不思議に思っていろんな資料を見ていましたら,古賀稔康氏の「海
から甦る元寇」の中に台風を察知した高麗軍が、いち早く平戸島の安全な港
に緊急避難したためである」と書いておられました。しかしなぜ合流した江
南軍が知らず、高麗軍だけが台風を察知でき、緊急避難できたのか疑問が残
ります。

戦いは台風が手を貸したといえ、日本の完全勝利に終わりました。日本遠征
の失敗の報がフビライのもとに伝えられます。フビライが驚き落胆したこと
は言うまでもありません。

全戦全勝の負け知らずの蒙古軍が二度にわたって日本軍に負けたのです。日
本軍の強さと、死をも恐れない勇気を知ったフビライは逆に日本軍が逆襲し
て、くるのではないかと恐れ、中国の海岸線に日本軍の襲来に備えて防備を
命じたほどです。

このフビライの日本軍に対する恐れは、買いかぶり過ぎではなく陸地におい
ても日本軍は最初東路軍が上陸してきた時、高麗軍より人数では劣っていて
も海上に追いやています。

最初の「文永の役」後、再び蒙古軍が来襲することは目に見えていました。
そこで強気の時宗は蒙古軍が再び襲ってくる前に、こちらから先制攻撃を
かけようと提案しています。

時宗は元帝国の本拠地である大都に攻め上るのは無理にしても、蒙古軍の
日本遠征の前線基地である高麗の都・開城に攻め込むつもりでしたが、御家
人たちに反対されてやめています。

蒙古の恫喝に屈しない時宗の勇気ある姿勢が、神武天皇以来一度も外国の侵
略を許したことがないという栄光を守ったのです。

翻って現在を眺めた時、現代中国は、軍事力を誇示した凶暴な蒙古軍そのも
のであり、また現代韓国は蒙古軍の属国になった高麗のように、ひたすら中
国に媚び、中国を利用しようとして逆に利用され、ひどい目に有った高麗
そのものです。

現代日本は、中国や韓国に国を売り渡そうとした売国奴民主党をやっと排除
することができました。そして安倍首相は時宗のように毅然と中国の恫喝に
屈することなく、韓国の愚かで滑稽で下品な告げ口外国にもめげることなく、
凛々しく、誇りを持って日本人の尊厳を守りぬく外交をしてくれています。


続きは次回にて



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コメント

素晴らしい内容でした。いつも更新ご苦労様です。

こんにちは

記事を拝見して度々の国難を切り抜けたこの日本の幸運と凄さに今になって驚いております。
現在も、ある意味情報戦、外交戦に加え国家の科学力に裏付けられた防衛力がある意味見えない攻防の要ですね。
こういう歴史はしっかりと子供たちにも親しんで欲しいです。

日本の戦士たち

 ソロです、更新ありがとうございます。 都知事選は残念でした。

 さて、草原では、蒼き狼と謳われた蒙古兵も、殆どが「風任せ、波任せ」に進む他は無い船の上では、得意の機動性を主体とする戦術は、用い様がありませんよね。 逆に、日本軍に手漕ぎの小舟で機動性を発揮されてしまったのは、何とも皮肉です。

 欧州騎士団を沈黙させた、馬を自在に乗りこなしての半弓の曲射ちが使え無いのは当然として、足場が船の揺れで悪い上、船酔いで正気を保つのもやっとでは、普通なら当たる矢も当たりっこない。 狭い船上で夜討ち朝駆けの暗闇の襲来に対応して、斬り合いが始まるのでしょうが、もし、格闘して海に落ちようものなら、海に落ちる事を想定して作っていない鎧は簡単には脱げず、加えて泳げないものが殆どでしょうから、そのまま溺死するしかなかったでしょう。 蒙古兵は海に落ちる=死を悟ると、自分の足元を確保することが先決になり、斬り合い処ではなくなってしまった事でしょうね。

 とは言え、この状況がある程度予想できた筈ですから、配下に居る大勢の高麗軍や南宋軍には、操船者以外にも海人族出自のモノも相当数起用して居た筈です。 然し、自分の国を侵略し、自分の同胞を多く無残に殺した元軍の為に、何処まで本気で戦う意思を示せたかは疑問でしょうね。 泳げるモノは、陸が近づくと戦う前から夜陰に紛れて逃げ出す等有ったに違いありません。

 この辺りの軍内統制の仕方も、陸と海では全く違い、無用な戸惑いや混乱を醸成したでしょう。
 
 そんな散々な目をしてやっと上陸が適ったというのに、日本軍は騎馬戦でも十分に強い相手だったのは、幾ら先陣を任せたのが、盾替わりの高麗兵主力だったとはいえ、意外だったに違いありません。 まぁ、マトモな武器を持たない庶民といえど、元軍が容赦をするわけでもなく、従い遠慮を感じる筈がありませんから、彼ら形の戦い方、異常な音を立てて馬を、走りにくくなる泥田、低湿地に追い込む、茂みや木陰には罠を仕掛ける、野営出来る場所をなくす等、があった筈です。 そんなこんなで苦戦していたから安心して眠れる場所は船しかなかったワケでしょう。 処が、其処へ大陸では決して経験したことが無い大型台風の襲来ですが、海岸線近くに停泊していたら、海岸からの反射波で増幅した三角波が出現し、大型船と云えど一堪りも無く沈んでしまいます。

 「この国には鬼神が棲む」と、見えないものの存在すら疑うのも無理はないでしょう。 日本が護れたのは、成程、数で大きく差がある中、勇猛果敢な武士達の功績は大きいでしょうが、陰には、古からその武士たちと、散々戦ってきた庶民の戦闘力も大きかったと私は思います。

1ゲット記念マキコ!

1ゲット記念マキコ!

他国と一対一の、直接対決だったら、
日本は結構強いとは思う。
第二次世界大戦も、アメリカ一国だけと戦ったなら、
勝てたのでは、と夢想してみたりする。

最近の中韓の動きを見てると、東海併記法案等、
アメリカやヨーロッパの方で日本毀損の工作を強化しているようだ。
直接対決ではないので、日本には不利な戦いかと思うが、
果たしてどうなる?

良心を売るアメリカ

アメリカのニュージャージー州で、日本海を東海単独表記にするという法案が出されたようです。国名や地名は、世界共通の表記であって、一部の要望で勝手に変更することは許されません。

理由は日帝の占領によって強制的に東海から日本海にされたという韓国の「虚言」です。アメリカはもっと知性のある国かと思っていたがそうでもなさそうです。一票の為には悪魔にも魂を売り渡します。

放置すればアメリカ全土に広まります。ニューヨーク総領事館と外務省に下記の事実でもってアメリカ政府に抗議していただくように依頼しました。多くの日本人が抗議すれば効果があると思います。

勝手に地名を変更できるのであれば、ニュージャージ州はニューコリア州に変更しましょう。

アメリカの史実
米国議会図書館の1300年から1900年までの期間の所蔵地図帳を日本の外務省が調査した結果、同図書館所蔵地図帳で日本海海域を示していた地図は、

総計1728枚あり、その中の1435枚が同海域に何らかの呼称をつけていた。その地図の77.4%の1110枚が「日本海」と表記しているのである。

また、その中の188枚(13.1%)が「朝鮮海」、22枚(1.5%)が「中国海」、20枚(1.4%)が「東洋海」、そして「東海」と表記された地図はわずか2枚(0.1)にすぎなかったのです。

メタンハイドレードの開発の抵抗勢力を潰せ

日本を資源大国にするメタンハイドレードの開発・実用化に反対するあらゆる抵抗勢力、売国奴を排除し、ぶっ壊せ。

元と高麗 VS 北条時宗

中国と韓国連合軍 VS 安倍首相。
違いは米国がいることです。

この米国、オバマ政権まことに頼りない。
その頼りない米国、民主党に全幅の信頼をおくべきではないですが、日米安保体制は支那に対峙するのに残念ながら基本中の基本です。

米国も中国の危険性は共和党には及ばなくとも一応民主党にもあるでしょう。
しかし、どうも米国は北朝鮮の脅威を過剰に捉えているのか、北朝鮮とのやり取りの必要性や市場としての中国への意地汚さの為何処にでもいい顔をしたがるように思えます。

そこから考えるに米国の今の民主党政権では真の中国理解や韓国理解は出来ないのではないかと思います。
つまり中国や韓国の本質が理解出来ないということです。

そんなところで日本の保守はどうこれから立ち回るのかということが課題です。


日本国内の左翼を中心とした反日勢力(マスコミ、野党など)を駆逐する。


世界各国や国連などへの中国、韓国の反日プロパガンダに速やかに適切に対峙する。


今回の東京都知事選を見ても分るように田母神元航空幕僚長の取得票は可也のものです。
つまり、本当の保守を中心としての新党を模索しても良いのではないでしょうか。
自民党内、維新の会内などから形になる新党は作り上げることが出来ると思います。

それでどうするのか?
『河野洋平談話』という日本が将来に渡って卑しめられる、また米国に建て続けられている『慰安婦像』の撤去や談話の完全解決の為、やる気の無い自民党に大きく圧力をかけることが出来ると思えます。
これは日本国民の大きな支持へと繋がると思います。


歴史認識のおかしな自称保守などを交えた野党内政界再編など無意味なことで、真性保守の小さな政党が一つ出来ればそれは大きく伸びると確信しています。



神風は 吹いたのか

子供の 頃 歴史の授業で 蒙古襲来について 習った時に 結局 神風が吹いて 蒙古船団が 沈没し日本は 勝てたのだ、といった神の 御加護・神国日本的理解と 一方 もし、カミカゼが 吹かなければ もしかしたら 負けていたのか・・・などと 考えて 神風 とは 一体 何だったのか ずっと アタマの何処かに 引っかかっていた。

その 永年の 疑問が 氷解したのは 数年前、 国士舘大学の有志の方々が 運営されていた「 皇国史観研究会 」と云うブログの記事を読んだ時だった。
たしか 2007年頃の記事の コメント欄かと 思うが 現在は 同ブログは スケールダウンされていて コメント欄が 削除されていて 定かではないが・・・・・・

その意見によると 季節柄 台風か ある程度の 大風は 確かに 吹いたのだろうが それを 「 神風 」にしたのは 防衛に当たった 鎌倉武士の 努力の 賜物であると云うのだ。


即ち 仮に 台風などの強風・悪天候が あったとしても 蒙古軍が 上陸を果たし 入江の 良い場所に 投錨出来ていれば さほどの被害も 受けずに済んで 決して 「カミカゼ 」とはならなかっただろうと云うのだ。
猛烈な獅子奮迅の反撃で 蒙古軍の 上陸しての野営を 許さなかったからこそ ただの 台風か 大風が 神風カミカゼと なったのでは・・・というコメントだった。




確かに何らかの大風は 吹いただろうが、それをカミカゼたらしめたのは 鎌倉武士の 必死の努力の結果だったと云う訳である。


これが 小生が 長年 探した 神風への 最高の 解答だった。

元寇が日元両国にもたらしたモノ

 ソロです。
>>フビライは逆に日本軍が逆襲してくるのではないかと恐れ、中国の海岸線に日本軍の襲来に備えて防備を命じたほどです。
攻めるのが上手な人間程、護りが弱いのは、「護り」を攻める立場に立った自分の常識で考えて、その経験の少なさから「考え過ぎ」に成って居るのに、切り捨てられない処かドンドン過大になって、イザ護りになると指揮系から混乱を始めるからだろうと思います。

 日本軍が半島上陸〰大陸侵攻の為には、明らかに兵站力が足りず、兵站を確保出来る船団形成迄の相当の間、半島内部で現地調達を行わねばならないのは自明の理。 すると、罪なき百姓町人女子供が犠牲になり、罪なき民の恨みを買う事になる、という日本的常識も働いた事でしょうし、精強で鳴る坂東武者団も、遠い国郷で我が身を案じて居る家族の事を考えれば、この先は、正義無き戦いである事が判っているのだから、正直、戦争を止めて帰りたかったと思います。

 後世の、秀吉の朝鮮征伐も結果、豊臣政権の凋落を招いてしまったダケに終わって居ますが、秀吉の半島出兵の本義は、明征伐であったからで、半島自体には「目指すべき宝が無い」し、兵站補給も難しいと云う事は十分承知して居た様です。

 元寇撃滅の時点でも鎌倉政府は、仮に追撃で朝鮮半島に攻め込んだ処で、その利益は少ない事を既に周知していたと考えられます。 其れは、嘗て半島が鉄を産する宝庫であったが、既に枯渇して久しいと言う、歴史的な知識を持って居たからでしょう。 それに、日本軍側にも少なからぬ被害が有りましたが、その勲功に報いるべき原資が何も無かったと云う事情も有ったと思います。

 まぁ、何故3回目の元寇襲来が無かったのか? と考えると、それだけ2回目の終戦間際での日本軍の優勢が際立ち、元軍兵士は海に対する恐怖と共に、日本軍戦士の勇猛さへの恐怖にも駆られて居たという事でしょう。 元軍が経験した戦いで、大船団を組んでの渡海作戦を布いたのは、日本侵攻ダケと云う事実から、2度の大失敗を乗り越えて再び、と云うモチベーションを維持出来る大義は最早無かったと思います。

 現実の戦力的ダメージも大きく、在シナ元軍は、一部壊滅状態に陥り、国内支配を安定に保つのに精一杯になった様です。 で以後、立て直しは成功せず、日本を攻める処の話では無くなったと言う事ですね。

 日本の夏の季節的な要因である台風を日本にとっての神風と成らしめたのは、内陸の草原地帯を主たる棲みかにしている蒙古軍の気象・海象に対する無知は然る事乍、海人族を多数起用した筈の江南軍、高麗軍の経験や知識が全く役に立って居ない事から、蒙古軍からの信頼がそれだけ低かった事を表していると思います。

 高麗軍の一部は、台風襲来を察知して、最適な場所に避拍して難を免れましたが、未だ2万近い兵士が居たのに、投降して居るというのは、元寇軍内部の指揮系統が、蒙古兵への恐怖に依って形成されていた事を示していると思います。

 お互い、現状を維持できなくなる結果を招いたワケで、以後、相互で公式な干渉を止めて居ますね。

 日本の「義ある戦い」なんて、古代のシナ以外、世界中何処にも同じものは有りません。 ダカラ、防衛戦闘なら、日本軍は世界一強いのです。 然し、「義の無い戦い」は、殺戮の無間地獄である事を知っている仏教徒の日本人は、其れに永くは耐えられません。 基本、虫も殺してはイケナイと仏は教えて居るのですから。

元寇の3度目がなかった理由

元寇の3度目がなかった理由は、文永、弘安の役で元のフビライが目的を達したことである、高麗は、元の圧倒的な力を利用して、東方に高麗の版図を広げるようとし、フビライに日本攻略を言葉巧みに進めたが、フビライにその真意を知られ、日本遠征の東路軍は高麗軍を主体して編制された。このため、壮丁は根こそぎ動員され、造船のため山は丸裸になり、国庫も底をついた。それでも遠征が成功すればともかく、鎌倉武士の奮戦のため、全ては海の藻屑となり、高麗は疲弊の底に沈んみ、元に刃向かう気もなくなり、元は東方の安定を確保出来た。
江南軍は、永らく抵抗してきた南宋がようやく降り、多数の捕虜が生じた。南宋の遺臣は、何時また、反乱を起こすかもしれないという虞が残り、これを処分する必要があった。そのため、これを日本遠征に使用し、全滅させ、江南の安定を果たした。
支那では、降伏した兵を処分するため、これを危険な戦争に使用し、処分する方法がよく採られる。朝鮮戦争でも、降伏した国民政府の軍隊100万を最前線に出し、弾よけに利用し、処分したことは、最近の例である。
朝鮮戦争が休戦に成り、捕虜になった支那兵が支那に帰るか、台湾に帰るかで問題になった。

太陽光発電の落とし穴

今日の新聞情報によると、平成24年7月から25年10月間の非住宅用太陽光発電設備の設備認定は2249万kwだそうです。そのうち、運転を始めたのは382万7千kwで残りはこれからです。

雪の多い北国は少ないと思われるので主に関東から西に多いと思われます。2249万kwと言えば、100万kwの原発22基分に相当します。今後更に増えていきます。これだけの太陽光発電が昼間電力を発生し、夜発電がゼロになれば対応が難しくなります。

昼間は原発22基分の電力を太陽光発電以外の発電を減らし、夜には同じ量の電力を供給しなければなりません。誰かが電力の供給システムをきちんと管理していないととんでもないことになります。

政府は分かっているのでしょうか。

太陽光発電の未熟

>にっぽんじんさん、おはようございます、ソロです。
 仰る通り、昼間発生電力と夜間発生電力の差を埋めるのは、蓄電池でなくてはなりません。 太陽光発電の規模を幾ら大きくしても蓄電容量が不十分では、効率的な運用はできませんね。

 元々、変換率20%程度で頭打ちになって居る太陽電池ですが、雪国の冬場の曇天日数では、冬場にこそ増大する電力量は、南国並みの規模では、賄えないでしょう。 それに対応して発電規模を広げても、蓄電容量が適正でない場合、系統連系でよほどうまくカバーしないと発生電力が無駄になるばかりではなく、高価な蓄電池自体の劣化にもつながりますね。

 この辺りの数値的な合理性は知見不足でまだまだです。 運用しながら見極めて行く他は無いでしょう。 つまり、太陽電池の導入消費者は、その知見を得るためにメーカーの実験台にもなって居ると言う訳です。w

 亦、太陽電池に寿命(従来約10年)がある限り、生涯発電量という限度もあると思います。 現状のkW 当たりの新設価格が幾らなのか正確には知りませんが、(3年前で3~40万円/kWだったように思います)家庭用で、「停電なし」で「天候の変動を頭に入れる」のなら、雨天、曇天、晴天の条件を考えるに、基本は雨天で考えなくてはイケマセンが、雨天時の発電効率を10%とすれば、常時2kWの消費電力の家庭なら20kW の発電容量が必要ですね、 すると新規の価格は、600万~800万円と言う事になりますね。

 昔の100万円/kW の事を考えれば、ずいぶん安くなりましたが、仮に、大きな雹が降ってきたり、台風で根こそぎ壊れてしまったりしたら、太陽電池その物は、修繕回復できませんので、当然保険にはいっているのでしょうね。 

 私等はソーラーパネルって、未だカナリ、リスキィな買い物だと思うのですが、それでも日本では急速な広がりがあるように感じています。 まぁ、大きな災害の折に、太陽電池の被害が全く報告されていないので、怪しんではいるのですがね。

 私は、原発廃止を叫ぶ輩が電力事情を語る前に、太陽電池+蓄電池/セットを普及させて消費電力量を下げるべきなのは、屋外に設置している街路灯を初めとする公設照明群、そして、家庭用消費電力に大きな割合を占めている自動販売機群ではなかろうかと思います。 勿論、不逞外国人が増えた昨今では、太陽電池/蓄電池を外して盗まれる様では、2次3次の犯罪を誘引するのでいけませんが。

 それと、言わずもがなのパチンコ屋は、違法遊戯なのですから、遵法精神を国民に説く立場の警察が真っ先に廃止・廃絶に向けて動かねばならない筈ですよね。 

 まずは自ら「無駄な消費電力を減らす」事こそ、原発不要論者が実践明示すべき行動ではなかろうか? あちら側=マスゴミに措いて、電気楽器を駆使した音楽で有名になったミュージシャンが、TVで「電気なんて」といっている様では、中身が分って居いるとはとても思えませんね。 駐日大使の身にありながら、「イルカ漁に反対します」とか平気で宣う、立場無自覚にして文明音痴のアメリカ人の知性レベルと然して変わりは有りません。

拡散!ムサシを吊し上げましょう

『国政選挙の開票システムをコンピュータが受け持つようになったが、その集計システムを総務省が民間企業に丸投げしている。その中核企業の一つ「株式会社ムサシ」は、自民党に政治献金する自民系企業であり、殆どの日本の選挙システムを担当する。
 仮に株式会社ムサシのプログラムソフトに不正があっても誰にも分からない。特定の政党の候補者に基礎票の上積みを設定したり、特定政党の票を無効にすることなどコンピュータにとれば朝飯前である。
 特に前の衆議院選挙では、反原発を掲げた「日本未来の党」の票1000万近くが消滅したとされ、奇妙なのは、同時に行われた東京都知事選の投票数が664万7744票で、東京都の衆院選の投票数が525万6655票。この差の139万1089票(20・9%)の謎は、未だに解明されていない。
 これをストレートに解釈すれば、同じ投票所へ足を運んだ有権者が、片方の投票だけで帰ったことになる。その数は140万人もいたことになり、それは常識では有り得ない。本来投票された票が排除されことを意味する。
 つまり自民党は永久に選挙に勝ち続けるシステムを得たのである。』
…………自民党というか、ジャパンハンドラーの都合のいい所(その時その時の)

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