「世界を牛耳ろうとしているのは誰か、それは特定の集団である」
そのような陰謀説をブログで書くたびに、映画の見すぎであるとか、
漫画チックであるなどと軽蔑されるリスクを犯すことになります。
しかしアメリカ政府が自ら決してしようとしないことを、外国に強要
していることに多くの国の知識人は気がついているにもかかわらず
何故アメリカナイズされていくのか?
アメリカは常に主張しているように政府の規制、干渉のない自由な
市場を外国に強要していますが、アメリカ国内では市場は厳しく
規制され、常に監視されています。
ウォール・ストリートは証券取引委員会や連邦準備制度などが、いか
なる疑惑も厳しく調べたてる警戒体制で監視しています。
なのにアメリカは外国において規制のない市場を強要して資本を流し
っぱなしにして混乱させています。
だからアメリカ国家の中に世界経済を司る超国家組織が存在している
と信じたくなるのです。
アメリカが好きな私にとって文化的にアメリカナイズしていくのは、
別になんの問題もありません。私が違和感を持つのは経済の世界に
おいてアメリカ式にされていくことに疑問を感じているからです。
第二次世界大戦後、アメリカは共産主義国家封じ込め作戦として、
アメリカのシステムや文化を世界中に広め全世界をアメリカナイズに
してしまうことが、共産主義をストップする唯一最良の方法であると
考えました。
これが俗に言うトルーマン・ドクトリンによる対共産主義封じ込め作
戦です。この封じ込めに必要なのはソ連と中国ととなり合せにある
国々を経済的に発展させ、対共要塞の役割を果たせることです。
このアメリカの対共戦略の出城になったのが極東の日本とヨーロッパ
の西ドイツです。この両国はアメリカの経済援助のもとに発展し、そ
の代償としてこの両国に軍事基地を得、そのプレゼンスを確立した
のです。
世界をアメリカナイズするという戦略は日本でものの見事に達せられ
ましたが、ところが繁栄しすぎた日本はアメリカに優秀でしかも安い
製品を洪水のごとく流しました。
自由主義経済を主張するアメリカはそうあからさまな動きをするわけ
にはいかず、結果アメリカの工場が衰退し失業者が増えました。
アメリカは対中戦略のために繁栄した日本が絶対に必要だと思っていま
したが、目算が狂い始めました。この時点で日本はアメリカの国益とは
ほど遠い国になったとアメリカは感じ始めました。つまり日本はハッキ
リと経済的な敵国になったのです。
そこでユダヤ人のキッシンジャーが登場します。彼は中国とコンタクト
を取り始め、毛沢東や小平に資本主義のやり方を教え、極貧国家から
の脱皮を進めます。
このキッシンジャーの登場によってアメリカは共産主義を打倒して、世界
を民主主義にとって安全な地域にするといった旧時代の使命感を捨てて
しまった。かわりにアメリカの利益集団たちは、世界を自由市場にすると
いう使命感にすり替えてしまいました。
そしてキッシンジャーはアメリカの10大企業のうち7大企業を中国
へ進出させ、世界に向かっては低賃金と13億の市場があると言う宣伝
文句を小平にさずけました。この宣伝が効いて世界中から企業が
殺到しました。
キッシンジャーが中国を取り込んだ時点で、アメリカにとって日本は
必要なくなった。もともと日本を対中マジノ・ラインと見ていたから
その中国と手を握れば日本はもはやなんの価値もない。
しかし日本の幼稚すぎる政治家たちは、すでにアメリカが日本を必要と
していないだけでなく、敵国として見ているにもかかわらず、従来通り
鈍感そのものの姿勢でアメリカを信頼しついて行きました。
戦後アメリカは日本を助け保護したのは、アメリカの国益に叶って
いたからです。ところが日本はアメリカの強力な経済援助のもとに
発展したことを恩に感じて未だにアメリカに擦り寄っています。
もちろん中国の軍事的脅威のせいでもありますが、
キッシンジャーはロックフェラーの外国顧問からニクソンの政権誕生
とともに大統領補佐官として政権の中枢にはいり、外交全般を取り仕
切ってからアメリカの方向がガラリと変わってきたように思われます。
ユダヤ人であるキッシンジャーが政権の中枢に入った頃からアメリカ
政府は徐々に超国家組織が動かしているような気がしています。
それを確信したのは11月の11日の夜 野田首相は首相官邸で
キッシンジャーと会談しTPPの交渉参加に向けて踏み出す決断を
報告しています。
キッシンジャーは「困難の中、素晴らしい決断をした」と野田首相の
頭を撫でています。
キッシンジャーは長年日本を叩くことに戦略を練ってきた危険な男です。
この元国務長官は日本の政治家を極端に蔑んできました。野田首相の
ような凡庸を絵に書いたような男を脅したり褒めたりして動かす事は
赤子の手をひねるより簡単なことです。
(相変わらず今日も長くなってしまいました。続きは次回にさせて
いただきます。)
(12日パソコンの調子が悪くてブログがなかなかアップできなくて
ご心配をおかけしました。)
