今日は中国人作家「魯迅」の目を通して中国のことを考察してみたいと
おもいます。
日本人の大きな間違いは漢文を通じて中国人を理解したつもりに
なってしまったことです。
今の中国語と漢文がまったく関係がないということを知らずに中国人を
理解することぐらい、馬鹿げた行為はありません。
そこで魯迅の小説で中国人の実態に迫りたいとおもいます。
魯迅の「狂人日記」を昔 中国出張の飛行機の中で読んだ時、
その内容の衝撃で中国での食事が出来なくなってしまいました。
内容は5歳になった妹を兄が料理して食べてしまった話です。
「妹は兄に食われてしまったのだ、母は知っていたのだろうか、俺には
わからない、母は知っていたのだろう、何も言わなかった.たぶん
当たり前のことだと思っていたのだろう。」
「4千年来、いつも人を食ってきた場所、今日やっとわかったのだが、
おれもそこで長いあいだ暮らしてきたのだ、兄が家事をきりもりしていた、
ちょうどそのとき妹は死んだのだった。彼が料理の中にまぜて、俺たちに
食わせた、4千年の食人の履歴をもっているおれ、はじめは
わからなかったが、いまはっきりとわかった」
この小説の最後は「人を食ったことのない子供なら、まだいるかも
しれない! 子供を救え・・・」で結ばれています。
「人が人を食う社会」という表現は日本人なら中国社会の苛酷をいう
比喩としてしか読めないが、中国歴史の中では、現実に繰り返し
行われてきたことであります。
魯迅は日本に留学したことによって 日本人と同じ目になっていた、
そして当たり前になっていた食人文化の連鎖を断ち切るために、
この小説を書いたのではないかと思われます。
魯迅の生きた時代は 長く続いた王朝は辛亥革命(1911年)によって
崩壊し、社会は混乱の極みで、前途に光は感じられなかった。
魯迅は日本に留学したことによって、近代文明にふれ、人間の常識と
秩序を知った。自分が育ってきた社会が余りにも日本とかけ離れていた
ために、逆に日本を通じて自分の国である 中国を知ることになった。
いま日本の大学で教授に居座っている多くの中国人教授も、この魯迅の
ように日本社会で暮らすことによって 知識と常識を見につけたと
おもわれます。
魯迅の小説の世界はまさに中国社会や中国人の本質をついています。
魯迅は日本の資料で中国の儒教を深く知った、しかし自分が知っている
中国はその儒教とはまったくかけ離れた世界であると知ってしまった。
逆に日本の中国研究家は儒教の精神と中国人を一体化してしまった。
ここに日本学者の大きな感違いが生じてしまったのです。
魯迅は中国社会を窓もない大きな鉄の部屋として書いています。
「この鉄の部屋は,一つも窓がなく、どうしても打ち破ることが
出来ないのだ、中には大勢の者が熟睡していて、まもなくみな窒息
しようとしている。しかし昏睡したまま死んでしまうのだから、死の
悲しみを感じることはない。
いま君が大声でわめいて、幾人かの者を起こしてしまったら,救うことは
できないのに、臨終の苦しみを受けさせることになるが、君はそれを
かえって彼らにすまないことだと思わないのか」
魯迅は日本に留学して日本の目線で中国社会を振り返った時、中国人
は 窓のない鉄の部屋に閉じ込められて、外の世界を知らないまま
窒息死していく、しかし外の世界を知らないということは、不満も
生まれない。
魯迅一人が大きな声をあげて幾人かを覚醒させても、かえって苦しませる
だけで、自分のしようとしていることに意味があるのだろうか!
どうせ助けることが出来ないなら、鉄の部屋に窓をつけるべきでない。
と悩んだにちがいない。
しかし魯迅は中国社会を文学的方法でこれを改革しようとした。
魯迅が亡くなって100年余り、中国社会の鉄の部屋は、多くの窓が
自然に開いた、それはテレビであり、インターネットであり携帯電話
です。
中国共産党は必死になって鉄の窓を閉じようとしてきた、中国国民に
外の世界を見せたくない、見せることによって不満が増幅すれば
中央政府に攻撃の刃が向かう。
そこで自然に開いてしまった鉄の窓に 捏造された中国の歴史を見せ、
偽情報を流し、21世紀は中国の世紀であると大声で叫び、国民を
洗脳した。
チベットやウイグルに突然侵入して、領土拡張を図り、これらは
もともと中国の領土であると内外に宣伝した。
国民を統一させるために常に外に敵を作る必要があった。その第一の
標的は日本である。
北京詣でにいそしむ日本の政治家を 鉄の窓(テレビ)から国民に見せて
卑屈な笑顔で我々要人の前でひれ伏せている日本の政治家は、
みな中国に恐れをなしているぞ、どうだ 中国は強いぞ、いくらでも日本を
こづきまわせるぞ、と国民に誇示した。
魯迅は鉄の部屋に窓をこしらえて、外の世界を、真実を見せようとした、
中国共産党は開いてしまった窓から国民に中国中心の虚の世界を
見せた。
魯迅の推測どおり、鉄の窓から真実を垣間見ても、苦しみが深くなった
だけ、だった。
魯迅は日本で暮らし、日本語をマスターすることによって、常識のある
近代人になった。そして
日本で深めた中国の精神的支柱であった儒教的な考えの欺瞞性を
暴こうとした。儒教を説くその口で 人は人を食べてきたのが、中国の
歴史である。
この小説の最後の言葉、「人を食ったことのない子供なら、まだいるかも
知れない、子供を救え・・・。」という言葉は絶望的な思いから発して
いるとおもわれます。
辛亥革命前後の混乱期に敢然とペンを執って立ち上がり、中国人を
人間に導こうとした魯迅の苦悩と不屈の精神は、中国人を覚醒さす
こともなく歴史の彼方に追いやられてしまいました。
中国人が精神的近代人になれるのは、この後 長い長い年月が必要です。
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