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韓国の歴史観

昨日はこれだけ多く韓国に行きながら南大門を見に行かなかったことを
後悔したと書きました。

焼けてからいくら後悔しても後の祭りです、そこで今度の出張で
「大清皇帝功徳碑」を見に行こうと思っています。

私の事務所はソウル江南区にあります、その隣の松坡区にこの石碑が
あります。近くにありながら行ったことがありません。

以前、当社の社員にこの石碑のことを聞きましたが、誰も知りません。
むりもありませんこの石碑は「屈辱の石碑」と呼ばれ韓国歴史からも
排除されています。

この石碑の歴史を教科書に載せれば「朝鮮は古来独立国家だったが、
日本に初めて侵された」との捏造がばれてしまいます。

しかし以前この碑文を雑誌で読みましたが「朝鮮が独立国家だった、
中国清の属国でなかった」というのが嘘であると分かります。

このように国家・マスコミ・学者たちが一体となって自国の歴史を
歪曲しています。強大な国家中国の属国であっても何も恥ずかしい
事ではありません、それより自国の歴史を捻じ曲げる方がもっと
恥ずかしい事です。

「大清皇帝功徳碑」について説明します。
中国では明が滅亡して清の時代になっていた、清は明の属国であった
朝鮮に服属を求めたが朝鮮は拒否しました。そこで怒った清の太宗は
朝鮮を攻撃しました。朝鮮は清に大敗しました。

石碑には、李氏朝鮮は大清帝国と友好関係にあったにもかかわらず
裏切った。そのため偉大な太宗皇帝陛下は怒り、朝鮮を破りました。
そして朝鮮国王は太宗陛下に許しを願い出ました。
慈悲に溢れた太宗陛下はその罪をお許しになりました。
そして全ての朝鮮国民は太宗陛下のお慈悲に感動しそれを記念して
ここに大清皇帝功徳碑をのこしました。

韓国が屈辱と感じているのは、そのときに清の太宗が要求したのが
九叩三拝という屈辱的な礼でした。要するに頭を地にこすりつけて、
土下座して謝ったのです。

朝鮮王朝がこれを忘れないようにと石碑に並んであるレリーフの絵図に
「九叩三拝」、太宗に土下座を強いられた仁祖王の姿が描かれています。

この石碑は李朝末期の高宗のとき、あまりにも恥辱であるとして、
川の中に投げ込まれたが日韓併合後に、川底から掘り出されて,
同じ場所に建立された(崔基鎬の2000年史より)

去年この石碑にスプレーがかけられたという記事を見ました。
早く見に行かないと壊されるかもしれないと焦っています。

歴史が今を映し出す鏡だと韓国人も考えるようになれば、本当に成熟した
国になると思うのですが、現実はマスコミや学者を中心にして
歴史を歪曲しています。

歴史の事実を捻じ曲げる歪曲ではなく、むしろない話を作り出す捏造に
熱心です。

韓国政府が捏造で作り上げた歴史で反日教育を続ける限り未来はありません。












コメント

正確に言うと【大日本帝国政府】が日清戦争
に勝利したから石碑を倒す事が出来た.デスネ

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