テレビに放映(8月17日)された「南京大虐殺」という中国の仕掛けた捏造
の呪縛を解くためにブログで「南京大虐殺の真実」というタイトルで書き始
め、中国の捏造からアメリカの陰謀まで書き進みましたが、その間「安保
法制」で民主党の大嘘を暴き出す必要に迫られ2回ほど抜けてしまいま
した。
今回は9月9日に記述した「太平洋戦争は米国が仕掛けた」からの続き
です。今日は、さらに日本人に掛けられた呪縛を解き放したいと思います。
ワシントン会議において日本の躍進を封じられ、第一次大戦で手に入れ
たものを全て吐き出すように強制されました。
この会議の目的はアメリカの狡猾な外交手腕で日本を追い込んでいく
ことでした。それにしても何故日本人は幼稚な外交しかできないのか
不思議です。この外交ベタは現在も続いています。
ワシントン会議によって出来た「9カ国条約」がその後の日本を追い詰め
ていきます。9カ国条約では中国に関してはどの国も平等となってしまった。
そして中国大陸で揉め事が起こるたびに、この「9カ国条約」が引き合いに
出され、日本非難の根拠に使われてしまう始末でした。
まさにアメリカの思う壷に日本は嵌っていきました。その後満州事変、
支那事変などでの日本の行動をことごとく不承認し、日本の諸権益を
否定しました。
日本は日露戦争に勝った結果、日本はロシアから遼東半島の租借地と
満洲を南北に縦断する鉄道の南半分を譲り受け日本の勢力圏に築いて
いました。
中国大陸は清朝崩壊以降、国土は千々に乱れ軍閥と称する野党軍団
が闊歩していました。その中でも蒋介石率いる国民党軍が広東から北上
して、遂に北京を制圧しました。
この蒋介石のバックには紛れも無くアメリカが支援していました。蒋介石
はアメリカの経済的・軍事的な強力な支援と指図により満洲に利権をの
ばします。そして蒋介石は南満洲鉄道、その他の租借地を含む全ての
日本利権を回収する方針を打ち出しました。しかし日本は国際条約上の
権利があり、法的には通用しない。
日本の考えは相互友好協力の上に満州に居住し、経済開発に参加でき
ればよいのであって、満洲の領土にするなどの野心は一切ありません
でした。
我々日本人は捏造された教科書によって誤解させられています。日本が
満洲国を作った行為をまるで強引に中国の一部を切り取ったかのような
乱暴な書き方をしていますが、当時の状況をよく調べれば日本の満洲国
を作った行為は善行そのものです。
まず当時の状況を知らねばならない。中国大陸はアヘン戦争(1842年)
で清朝がイギリスに敗れると中国全土を切り取り合戦という植民地化が
始まり、外満洲はロシア領に組み込まれた。
日本は祖国防衛上ロシアの南下を防ぐために日露戦争(1905年)で勝利。
敗北したロシアは満州から撤退した。清国が弱体化すると各地で軍閥に
よる群雄割拠が続いた。清王朝は漢族ではなく満州人です
教科書によると「満州人の支配に対する漢族の革命運動が各地で起こり、
その結果1911年の辛亥革命を契機として1912年に中華民国が成立した」
と書かれていますが、ちょっと待ってください、各地で勃発した軍閥たちに
国としての意識があったのでしょうか?多くの軍閥が革命などと称しても
国を良くしようとなど思っているとはとても思えない。
日本の歴史学者が常に陥る最大の欠陥は、日本の常識で中国のことを
判断や推測をしてしまうことです。
私たちはごく自然に中国あるいは中国人という言葉を使いますが、20世紀
になるまで中国大陸には中国という国家もなかったし、中国人という概念
も意識もまったくありませんでした。
もちろん権力者である中国歴代王朝は存在しましたが、我々が思うような
国家ではありません。昔から中国人は、囲まれた城塞の中で生まれ、育ち
そして死んでいきました。
数千年もの間、あの広大な大陸に存在していたのは、ただの個人だけ
です。中国人にとって自分を守ってくれる国家や民族が存在するなど、
夢にも思ったことはありません。故に中国の民衆たちは、国家という概念
を持たず、また民族という概念も持たなかったのは実に当然のことです。
だからこのような民族が今まで大陸を支配してきた清朝が弱体化した
途端にアリがトンボの死骸にたかるように、各地で個人の欲望達成の
ための山賊のグループが雨後のたけのこのように出来るのです。
この山賊グループのことを「満州人の支配に対する漢族の革命運動が
各地で起こった」と書けばまるで国を憂いて身を犠牲にして国のために
立ち上がったのごとくに勘違いしてしまいます。
軍閥と呼ばれている強盗グループが各地で民衆の財産を奪い強姦し、
やりたい放題の行為を革命と言う言葉で被ってしまえばもう何も見えま
せん。彼らにとって外交も戦争も。すべては個人の欲望達成のための
道具にしかすぎないのです。
日本人は無邪気に中国人を我々日本人と同じ人間として解釈するから
いつも痛い目に遭うのです。日本人と中国人とでは人生哲学が根底
から違っています。
現代日本の政治家は無邪気に「友好」「平和」「話し合い」などの言葉を
使うが、呆れたことに日本の政治家は建前でなく本気でそのように思って
外交をします。
しかし中国の言う「友好や平和や、話し合い」などは相手を譲歩させるた
めのカードに過ぎないということが日本政治家にはまるで分かっていま
せん。特に左翼思考に染まっている政治家や評論家、学者などの頭は
まるで世間の知らない「女子中学生」の判断力しかありません。
日露戦争から第一次大戦をへてヴェルサイユ講和条約、ワシントン会議、
そして日米激突までの流れを見ていますと日本がアメリカに追い込まれ
て行く様子が手に取るように見えてきます。
中国に権益を広げつつあったアメリカにとって日本の中国への権益拡大
はアメリカの国益に反します。
そこで中国側に立って、アメリカのウイルソン大統領は日本を侵略国家
として糾弾し山東省の青島の権益を中国に返還するように要求していま
す。当時ウイルソン大統領は平和主義者の正義派として売り出していま
した。
しかしちょっと待ってください。アメリカはメキシコを騙し討ちしてテキサ
スを取り、そしてハワイ、フィリピン、グアム、ウエーク、サモアを相次い
で併合した 紛れもない凶暴な「侵略国家」です。
アメリカという国は今も昔も自分勝手な国です。この国は自分の出す
ルールを国際基準と定め、しかもそのルールを自国の国益に沿って
勝手に変えていっても平気な国です。
日本は日露戦争以降このアメリカの理解できない行動と思考に振り回さ
れて最後は日米間の全面衝突へと繋がっていきます。
アメリカのルーズベルトは日本がこれ以上力をつける前に日米決戦に
持ち込まなければアメリカが危うい。そこでアメリカ政府は世論を「日米
戦争は仕方のないことだ」というふうに煽り立てる戦略を取ったのです。
そのために蒋介石に資金と武器を与え日本との全面戦争に仕向けたの
です。そして日本軍は全中国で暴虐、陵辱の限りを尽くしているという
キャンペーンをはり、アメリカ国民に「貧しい、悲惨な中国を日本から救わ
なければいけない」と信じ込ませたのです。
このようにルーズベルトはありとあらゆる手段を使って日本との戦争に
なるように持ってきたのです。これは私の推測で言っているのではあり
ません。その証拠にキッシンジャーは「日本との戦争になるように、戦争
を嫌がる国民をその気にさせ、引っ張ってきた、それで世界の自由を
救ったんだ。これは偉大な功績だ」とルーズベルトを称賛しています。
歴史のうねりの中で太平洋戦争はアメリカが100%仕掛けた戦争だと
いうことを我々日本人は記憶にとどめておかなければならないと思い
ます。
大東亜戦争は、断じて日本が起こした侵略戦争ではない、それどころか
白人たちが巧妙な謀略で日本を巧みに戦争におびき出したものです。
このことを知らずに我々日本人は戦後70年間過ごしてきました。戦後
の日本の混迷の原因の全てであるアメリカの仕掛けた東京裁判と占領
憲法によって侵略犯罪国家として肩身の狭いおもいで生きてきたのです。
しかし日本の戦争の結果、アジア・アフリカは白人の植民地から全て解放
されました。つまり長期的に大観すると、この戦争は人類の世界地図を
一変させたのです。
つまり日本の存在と発展は20世紀の奇跡であり、世界の人種差別の壁
を取り除き、有色人種と白人を同等にした 戦争だったのです。
にもかかわらず、日本の知識人も国民も、今なお、植えつけられた戦争
犯罪国家の汚名を引きずって、謝罪と反省を国是として卑屈な謹慎国に
成り下がっています。
(今回をもって、一様近現代史の記述は終わりにしたいと思います。
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