実体験5,ヤオハン  7月31日(水)


今回は少し視点を変えて、中国進出で人生を誤ったヤオハンの和田社長に
ついて考えてみます。

中堅スーパーにすぎないヤオハンがどこよりも早く中国進出に乗り出して
ヤオハン神話をつくった。しかし中国ビジネスの恐ろしさを和田社長は安易
に考えていた。結果97年倒産、東証一部上場の小売企業としては戦後初の
ことです。それでは一体何をまちがえたのか、何故こうも短期間のうちに絶
頂から奈落の底に転落していったのか?

一時期中国ビジネスのお手本であった「ヤオハン」の和田社長ついて、中国
ビジネスの恐ろしさを検証してみたいと思います。

ブラジルで一敗地にまみれたヤオハンは、その後シンガポール、タイ、香港
マレーシア、ブルネイ、台湾、その他、業績を拡大している。ここで止め
ておけばヤオハンは和田氏の口癖である「流通業界のソニー」になれたのに、
なぜ危険な中国に安易に進出したのか?

和田氏失敗の最大の原因は、何もない上海の田舎である浦東区に東洋一の
百貨店「ネクストステージ上海」を作ったことです。当時の上海市長はあの有
名な朱鎔基です。温家宝の前の首相です。朱鎔基は壮大な浦東国際都市プ
ロジェクトを成功さすためにヤオハンを誘致、おとりに使った。

ヤオハン誘致が発表されたあと浦東融資ブームが起こった。それまで天安門
事件のせいで海外からの引き合いがとぼしく頭を抱えていた時期である。
朱鎔基の意図は当たった。おそらく香港の大物である李嘉誠が北京の大物
朱鎔基に頼まれて和田氏を利用したと思われます。

和田氏は、香港に総本部を移転したことにより香港の超大物である李嘉誠
と知り合った。しかしこの人脈が地獄の蓋を開けてしまった。
香港移転を決意した和田氏は、いわば仁義を切るために訪問した。李嘉誠
は多忙にも関わらず、和田氏を歓迎して、様々なアドバイスを与えてくれた。
普通は利用できる相手にしか李嘉誠は絶対に会わない。まさに飛んで火に
入る夏の虫である。

李嘉誠はその席で、「長江実業が計画する新海での開発物件に出店しない
か」と和田氏を誘っています。ヤオハンがテナントとして入居すると、ヤオハ
ンの集客力により物件の人気が高まり、物件売買価格が上昇した。李嘉誠
はやがて物件を売却して短期で大儲けした。ちなみに香港では購入して
二年が過ぎれば不動産の値上がり益には課税されない。

古い記事には、香港で放映された日本のドラマ「おしん」のモデルが彼の母
親であることが、李嘉誠の興味を引いたと書かれていますが、たったそれだ
けのことで李嘉誠は、和田氏と会ったのだろうか?

李嘉誠に会って以来、和田氏は中国へひたすらのめり込んでいく。和田氏
の大義名分は「第二次世界大戦後、日本に賠償を要求しなかった中国に
恩返しがしたい」という歴史を知らない、歴史を勉強しない人のキャッチ
フレ➖ズです。中小企業の知り合い達も、和田氏と同じことを言って中国に
進出して、多く潰されていきました。


ここで、少しあさってに飛んでみます。多くの日本企業家たちが和田氏と同
じように「日本に賠償を請求しなかった中国に恩返しをしたい」などの無知
な自己満足をして安易に中国進出をしました。そこで中国の恐ろしさをわ
かってもらうために歴史の真実を書いてみます。

日教組にウソを教えられていた人々に真実の歴史を知ってもらうことは、
大変重要なことなので、ヤオハン和田氏の考察は次回に改めて書かしても
らいます。支那事変の真実を知ることは、中国人の正体を知る上で大変参
考になります。

まず日本は蒋介石と戦ったのであって、毛沢東とは戦っていない。その証拠
に戦後毛沢東は「日本のお蔭で戦力を温存できて、蒋介石を台湾に追いや
ることが出来た、日本には感謝している」と述べています。

現代中国は毛沢東が作りました。だから賠償金を請求しなかった。しかし
中国メディアは「実際は中国人は日本から何も得ていないわけではないと
伝え、日本の残存戦闘艦艇を受け取ることで工業技術は向上したとしたほか、
中華人民共和国の成立後も日本は中国に対して莫大な規模の政府開発援
助(ODA)6兆円~8兆円)を提供してきたと紹介、「これらは正確に言えば
賠償ではないが、日本の中国に対する賠償の気持ちなのだろう」と伝えて
います。

支那事変の真実を日本人はあまり知りません。だから真実を知ってください

まず支那事変はあったが日中戦争という言葉はなかった。中国の指図を受
けた日本の左翼勢力が支那事変を日中戦争と言う言葉にすり替えて、いか
にも中国と戦争したように印象づけるために日中戦争と呼び始めたのです。

そもそも日本軍は日本居留民や企業、資産を守るために治安維持のために
軍隊を派遣した。日本だけでなく英米仏伊の軍隊も駐留させていました。何
故かと言いますと、当時上海は極東一の大都市で、軍閥が支配し、ギャング
や麻薬、娼婦の町で魔都とも呼ばれていた非常に危険なところだったのです。
日本軍も居留民を保護するために4千人の軍を駐留させていました。

支那事変の発端となった盧溝橋事件は中国共産軍が日本軍と蒋介石軍を
戦わすために仕掛けた罠でした。戦後中国共産党が自慢げに白状していま
す。日本側がいくら隠忍自重、不拡大方針をとっても、中共軍は日本人大虐
殺の通州事件や上海事件といったテロ事件を次々起こし、日本軍を大陸の
泥沼に誘いこんで行きました。

中国共産党の後ろには、日露戦争で復讐を誓ったスターリンが糸を引き、
蒋介石にはルーズベルトが肩入れしていました。アメリカはいずれ日本と戦
うことを想定して蒋介石を援助して、アメリカの指示通り日本軍を中国の泥
沼に引きずりこんで行きました。蒋介石は日本軍を叩くために攻撃をかけて
いましたが、日本軍はあまりにも強すぎてアメリカの期待に答えることが
出来ません。

そこでアメリカは正規軍である「フライング・タイガー」と名乗る300人の
空軍を送り、日本軍に攻撃を加えています。この事実は日本が戦争回避を
必死に模索してワシントンで日米交渉行っていた時、すでにアメリカは対日
参戦に踏み切っていた事を示しています。

アメリカはやがて始めようとする日本戦に備えて蒋介石に肩入れし、大量
の武器弾薬を送って、日本軍を疲弊させるように持っていったのです。

理不尽な東京裁判でさえも、盧溝橋事件から支那事変に至る戦争は日本が
始めたものでないとして、事変の開戦責任は日本にあるとはしていません。

日本軍が本気になって中国を叩くきっかけは、通州事件です。日本軍が盧溝
橋事件で町を離れた留守に、本来日本の居留民を守るのが目的の中国保
安隊3千人がいきなり日本の居留民に襲いかかり中国側の手によって260
名全員が惨殺されました。その惨状は目をおおわしめるほどの残虐ぶりでし
た。尋常ならざる殺害の状況は今も昔も中国人は獣そのものです。

通州事件のようなことになれば、全中国で多年事業を営んできた在留日本人
が皆殺しにされます。これをきっかけに日本は見通しのない戦争に入ってい
きました。不可解なことに、戦後この残虐な通州事件に対する報道は、左翼
学者によって隠されて、歴史の闇に消えようとしています。

その年の1937年の12月に日本軍は支那事変を終結させるために蒋介石
の拠点である南京へ侵攻しました。南京戦で日本軍は非常に人道的で、攻
撃前に南京市内いた民間人全員を、戦火が及ばないように、南京市内に設
けられた「安全区」に集めたために日本軍の攻撃で安全区の民間人は
誰一人死にませんでした。その証拠に安全区のリーダーであったドイツ人 
ジョン・ラーベは、「日本軍が安全区を設けて民間人を傷つけなかったことを
深く感謝いたします」という感謝状を松井大将に手渡しています。

戦後、南京大虐殺30万人など言われている歴史のウソを知れば中国の宣
伝だということがわかります。ティルマン・ダーディン記者は南京で日本軍を
迎える中国軍の様子を「中国軍による焼き払いの狂宴」としてほとんど全て
の建物に火が付けられ、多くの中国人が死んだと記述しています。

また南京のアメリカ領事館のジェームス・エスビーが「日本軍入場前の最後
の数日間に中国兵は略奪、強姦、殺人と狂わんばかりの狂態であった」と
公式文章で報告しています。

その他中国の軍隊は日本軍の進撃をはばもうと、黄河の堤防を爆破しまし
た。そのため4千の村が水没し、水死者約100万人、その他の被害者600万
人、という大惨事となりました。

堤防決壊の直後、日本軍は修復作業を行っただけでなく被災した民衆の
救助と防疫作業を行いました。中国側はまた、事件直後から、堤防決壊を
日本軍の仕業として宣伝しましたが、この自作自演は多くの外人記者に
見破られています。

日本軍は中国住民の救済、治安維持、戦災復興などに取り組んだので、
それまで軍隊とは匪賊にすぎないと思っていた中国民衆は驚き、日本軍を
熱烈に歓迎しました。中国人民の本当の敵は日本軍でなく中国軍だったの
です。日本は、もともとソ連やアメリカの謀略によって中国内戦に引きずり込
まれただけで断じて中国を自分の領土とするために侵略したのではありま
せん。

中国軍は中国同胞である中国民衆を行く先々で強奪し、また大量殺害をし
ています。中国はこれらの残虐行為を全て日本軍のしわざと宣伝してきまし
た。世界のマスコミも愚かな日本のマスコミも信じてしまった。これでは日本
の兵隊さんは浮かばれません。

このような中国人の人間とは思えない残虐性を「魯迅」「林語堂」などが
中国民族は根本的に「人間のクズ」だと言っています。

我々日本人は隣に住んでいる中国人がいかに残忍で残酷で、また、大うそ
つきで自分たちの罪を平気で他人に擦り付ける民族であること、そして日本
人の理解をはるかに超えた野獣人であることを、わかってもらうためにあえ
て支那事変の事をかきました。


真実の歴史を知っていれば和田氏や中小経営者のように「「第二次世界大
戦後、日本に賠償を要求しなかった中国に恩返しがしたい」などと決して言
わなかったと思います。

今回、中国にはめられたヤオハン和田氏について書くつもりが支那事変に
ついて横道にそれてしまいましたが、支那事変は中国人の正体を知る上で
大変重要なことなので、あえてあさってに飛びました。次回はヤオハン和
田氏についてもっと詳しく考察するつもりです。ご了解ください。




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実体験4 中国人の正体 7月22日(水)


中国人の正体を知ってもらうために、実体験(4)を綴っています。

今回、私の友人の懺悔録を記します。もちろん彼も中国へ進出した中小企
業の経営者の一人です。

当時、人手不足に悩む中小企業にとって中国進出は致し方が無いことでし
た。特に海外のことを全く知らない中小の経営者は決心がなかなかつきま
せん。しかし商社が中国進出に全面的にバックアップしてくれることになり
ました。

天安門事件で中国から手を引いた大手商社はその後全く儲からない繊維
関係から断念し、そのかわり盛んに中小の経営者たちに合弁事業を勧めま
した。その場合、商社は合弁先から、契約書の作成まで、貿易業務の一切
合切まで面倒を見てくれました。友人の経営者は、ここに大きな落とし穴が
あることに気が付きませんでした。

中小にとって銀行から借りた大金は命綱です。中国には土地と老朽工場と
労働者は大量にある。無いのは資本と技術です。そこで詐欺師、鄧小平は
「社会主義市場経済」なる呪文を唱え、国営企業をどしどし開放して合弁事
業としました。その際、日本側から大金を出さすために中国側の工場と土地
を過大に見積もって日本側に提示、日本側は工場の支配権を得るために
中国側の提示した金額の50%以上を出した。

これら全てをリードしたのは、無責任な日本の商社です。何も知らない日本
の中小企業は中国側の言いなりに大金を出した。商社は中国側に立って
動いた。商社にとって繊維関係は今まで全く儲からなかった。そこで中小企
業を中国側と合弁さすことによってノーリスクになり、貿易業務の手数料と
売上の数字だけが計上できた。その代りリスクは中小企業に移った。

天安門事件以降一時的に中国から手を引いてしまった商社は、その後、繊
維関係は、中国貿易を取りやめると宣言した。中小は困り果て、仕方なく直
接中国と取引せざるをえなかった。その際、貿易を経験したことのない繊維
関係の多くの中小企業は商社の言いなりになり中国と合弁事業を開始した。

今まで繊維関係の中小企業は中国で物づくりをしても商社が間に入ってい
る限りそれは国内取引でありノーリスクであった。彼らは商社の中国担当者
に仕様書とサンプルを渡すだけで中国と直接話をすることはなかった。
その結果不良品が平均30%もあった。

これらの不良品は全て商社が負担、商社は不良品を見込んで値段を付けて
きた。それでも国内で作るより平均二分の一の値段であり、リスクも商社持
ちであったために誰も文句は言わなかった。

しかし我が社は商社と手を切る絶好の機会と判断、当社は商社の勧める
合弁事業を断って、直接中国と取引をすると担当部長へ説明に行きました。
その際、部長は「中国と取引した5年の間に約20億の損をした。お宅のよう
な小さな会社が耐えられますか?」と言って合弁を勧めた。

当社は前回にも書いたように、中国の法律に縛られないように、あえて法人
各を持たずに中国と契約式合弁(前回説明)をした。その間友達の会社は
中国に振り回され、銀行の借金が増え、ノイローゼになったが日本の商社は
一切助けてもくれなかった。

私の知っている限り多くの中小企業が大損して撤退し、また中国の無茶苦茶
な法律や脅しに縛られて撤退できずに、中国に食い物にされている中小企
業がいかに多く存在しているか、これらの恐怖をマスコミは一切報道しない。

なぜこのような事が起こるのだろうか?
古来、日本人は「同文同種」の民族として、漢文を読み込むことで、中国人
を知ったつもりになってきた。しかし、それは、極めて危険なことです。

日本人が知っている漢文や漢詩は2000年以上前の漢民族が作ったもので
現代中国人は騎馬民族に何回も征服されて、中国住民はそっくり騎馬民族
の子孫に入れ替わってしまった。つまり残酷な騎馬民族が現代中国を構成し
ているのです。秦や漢時代の中国人は、その殆どが大陸からいなくなったと
いうことです。

繊維関係だけでなく、大多数の中小企業は途中で中国人に幻滅し、彼らと
の合弁事業に見切りを付け、撤退していった。

テレビに出てくる無知な評論家たちは、「中国人も普通の人間である、話し
合えば、お互い理解し合える」という間違った思い込みで喋っています。
しかし、中国人の辞書には「信頼関係」という単語は存在しない。中国人は
相手が誰だろうと、相手の弱点を発見すれば、容赦なくそこに攻撃を仕掛
けて来る。契約書の不備というより契約書に載っていないことは、彼らは
決して見逃さない。だから、合弁企業経営にはトラブルが絶えないのです。

他人から付けこまれる前に、他人の弱みに付け込めというのが。中国人の
行動原理です。

巨大な人口、広大な土地という点から言えば、この世界には中国と肩を並べ
る国はないはずだ。だから世間から見れば、このような巨大な国家の人民は
気宇壮大、巨大な包容力、厳密な規律性を持っていると考えるのが、常識で
はないだろうか。

ところが中国人の国民性は全く正反対です。よそ者に対してだけでなく、仲
間に対してさえ思いやりがなく、猜疑心と敵愾心が強く、しかもよそ者を平
気で欺く、永遠に他人の立場を考えることがなく、永遠に他人の死活をかえ
りみることはしない。その上永遠に自発的に秩序を守ることもしない。だか
ら中国人がいるところ、必ず混乱が起こります。

人間は、最低限度の生活さえ維持できなくなると、羞恥心がなくなり、さらに
下がっていくと、社会秩序が保てなくなる。何千年に渡って貧困生活から生
まれた卑屈な性格を一層卑屈なものにしていった。

だから中国社会では、いつまでも汚職、不正が横行して、言うこと、なす事
が不誠実です。約束、信用を守る人間は逆にバカとみられる。中国人は約
束、信用を誠実に守ってこそ、尊厳を高める事ができる事を知るべきです。

嘘をついて人を騙し、それによって利益を得ることが人生の成功と考えてい
る中国人と一緒に仕事をすることは健康に良くない。

日本人はこれから先も中国人と付き合っていくことは永遠に出来ない。



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実体験3 中国人の正体(7月17日)水曜日


中国人の正体を知ってもらうために私の実体験を書いています。
今回は実体験の3です。中国人のゆがんだ品性を一つ一つ論っても、きり
がありません。中国好きの人から見れば「そういう人は日本人にもいる」
の一言で相手にされません。

そこで今回は、何故中国人は世界中から不信感を持たれているかを、歴史
を踏まえて書いてみます。

私の友人である中小企業の経営者たちは、中国及び中国人に対して、過剰
な期待や幻想を抱いて中国に進出しました。しかしその殆どは中国人との
ビジネスに失敗して、中には日本の本社まで潰してしまうような企業も出て
来ました。

それでは何故失敗したか?それは中国人の正体を知らなかったからです。
私の友人たちは、学校で習った漢文に書かれていることが真実であると
無邪気に信じてしまった。つまり中国は古来から変わらず、信義に厚く、
礼を尊ぶ文化人の国であると信じて、中国に進出したのです。

ところが漢文に書かれていた美化された中国人と、現実の中国人との
ギャップに出会った時、いっぺんに中国人が嫌いになりますが、しかし逆に
「このような人たちはごく一部で、こんなはずはない」といって、漢文を通じ
て築き上げた中国人のイメージのほうが正しく、現実に出会った中国人の
ほうが間違っていると思ってしまいます。このような誤解が失敗の全ての
原因のような気がします。特に日本の中国専門学者の中には多くいます。

私が中国へ進出する前(1987~1990年)頃、多くのセミナーに参加
しました。その間に恐ろしい天安門事件があったにも関わらず、多くの講師
達は中国人の実態を知らずに中国人及び中国のことを喋っていました。

当時の記憶は定かではありませんが、記憶に残っている講師の教えは「合
弁」が成功するには、中国側の希望・要望を感じ取り、できるだけ協力する
姿勢、何でも相談を持ちかけられる関係構築、中国側のメンツを重んじる」
など、いったいどういう根拠を持って講師は言ったのだろうか?

特に某大学の講師は松下幸之助氏の言葉を持ち出して「中国を繁栄せしめ
ることが世界を富ますことになる。だから日本をはじめ世界の先進国は中国
を援助しなくてはならんのです。中国へ投資してもすぐには利益にならんと
いった議論もありますが、そういう事を言ってはいかん。「これは先行投資な
んですよ」と松下幸之助氏は言っていたと某大学の講師は得意げに話した。

そしてこの講師は最後に「日本は戦前、中国に多大の戦争被害をもたらした
にもかかわらず、戦後日本に賠償を求めなかった、だからその恩返しをして
ください」といって終った。早い話がこの講師の話は「中国進出で失敗しても
損をしてもいいじゃないか」と結論づけたのです。

このセミナーの後、私の友人は早速中国進出を決めてしまった。私は臆病な
ので前回にも書いたように中国に進出する場合中国の法律に縛られないた
めに、いつでもやめて逃げ出すことができるように、法人格を持たない契約
式合弁という方法を新たに作った。

ほとんどの中小メーカーは直接中国と取引しても貿易業務だけ商社に任して
いた。中小企業にとって貿易業務の経験が無いために仕方がなかった。特
に船荷証券、インボイス、パッキング・リストその他などの必要書類は全て
英語のため、はじめから中小企業は諦めていた。

しかし私は幸いにも親切な銀行と乙仲 (海運貨物取扱業者)のおかげで
必要書類も自社でこなす事ができ,おかげで商社から離れることが出来た。
貿易業務は社長室で女子の事務員を一人つけて私がやっていました。

1年位後、以前中国製造でお世話になった某商社の部長に報告を兼ねて挨
拶に伺いました。その時、先に部長と話していた中小企業の社長さんは深刻
な表情で帰っていきました。事情を部長に聞いても話してくれませんでしたが
およそ察しが付きます。当社より1年早く中国に進出していた企業です。

私は部長に契約式合弁の話をして当社はうまく言っている。と申しましたら
「多くの中小企業が中国で騙されているのに、中国人を騙した日本人など
初めてお目にかかった」と皮肉を言われました。

私が考えた契約式合弁とは、工場の契約は3年を期限にして、期限満了時
には日本が投入した全ての設備を無償で贈与します。そのかわり3年間は
商品の5%~10%を値引きします。3年以降は6ヶ月ごとに契約を見直して
進めていきます。

私の考えは、こうしておけば法人格を持っていない当社は中国の法律に縛ら
れること無くいつでもやめることが出来ます。それに一旦投入した設備は
日本に持って帰ることなど出来ません。それなら中国側に設備は3年経てば
全て進呈するといえば中国側は大喜びします。結果私の計画通り2年半で
投入金額を回収できました。

私は中国ビジネスの時、腰は常に引けていました。片足は中国でもう一方
の片足は日本海をまたいで大阪の地につけていました。中小企業が生き
残っていくための知恵です。

先程の松下幸之助氏を例に出した講師の話に戻します。

その当時の講師や大学教授の中には中国に対する抜き難い「幻想」が
居座っていました。天下の松下幸之助氏ほどの成功者でも同じです。

それは何かといえば「日本人と中国人は古くからの隣人である」「日中は
理解しあえる」という幻想です。

しかし二千年以上もの飢餓の中で生きてきた中国人と日本人は文化、家族、
社会、言語において共通するところは何もありません。ほとんどの中国民衆
はいつも飢餓の線上でもがき、死生の縁でさまよっている。生を求め、命を
保つためには、お互いに欺き、騙しあう。生きていくためには、いかなる悪徳
非道なことでもやる。これが中国人の正体です。

それに比べて、責任感が強い自責的な真面目人間の日本人とは相容れる
はずもありません。日本は自然に恵まれ、和の社会に対し、中国は戦乱と
飢餓と匪賊と流民があふれる社会であることをしっかりと覚えておく必要が
あります。

結局、中国の悲惨な歴史が中国を悪魔の国に変え
中国人を醜い鬼畜に変え, そして危険な人類の敵になってしまった。



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実体験の2 「中国人の正体」 7月10日(水)


中国人の正体を知ってもらうために私の実体験を書いています。
実体験した者でなければ中国人の怖さは理解できない、そこで
私が現地で経験した恐怖を綴ってみました。

1993年頃に河北省の承徳工場に出張した時のお話です。
承徳は北京市から車で約5時間、王様の元別荘がある風光明媚な景色の美
しい町です。承徳にはもう1軒契約している工場と、北京市にも発注して
いる工場があります。そのために北京に連絡事務所を設置しました。

北京市の瑞龍苑飯店という中国人専門の小さなホテルの1室を事務所にして
中国人を数名雇っていました。この北京事務所に勤務する中国人スタッフは
検品要員です。中国人スタッフは発注した工場に行って、製品の立ち上がり、
途中時、出荷時と日本に出荷される前に三回検品します。

検品の要領は日本で作ったカラー写真を各ポイントごとに詳しく説明して
中国人を訓練します。何年か後写真からビデオに変わりました。このシステ
ムを取り入れてから不良品はほとんどなくなりました。

中国の活動拠点である北京連絡事務所の経費は中国人スタッフ(2名)の
給料と家賃を含めても初期の頃は1ヶ月たったの6万円足らずです。あまり
の安さに感激しました。検品のときはスタッフ以外に5~7名くらいのバイ
トを雇っての経費も含めてです。

しかし経費は安くすみますが、主任と事務所内の一切合財(電話・FAX機、
テレビ、応接セット、ワゴン車、その他)が一晩で消えてしまうことがあり
ます。

ある時事務所の全てを任していた中国人の主任がいなくなったと連絡を受け
て北京事務所に行きましたら、ホテルの支配人が事務所にやってきて「部屋
代が8ヶ月溜まっているすぐに払ってください」と言われ仰天しました。
経費一切は主任に任せていたので、まさか、と思いました。

そこで仕方なしに溜まっている部屋代と後を続けるために余分に3ヶ月間の
部屋代を払いました。逃げた主任が管理していた領収書をチェックしていた
らホテル代の滞納は2ヶ月間でそれまでの領収書はあります。ホテルの支配
人を呼んで領収書を見せました。彼は慌てる風も無く、「その領収書は偽物
だ,私は部屋代はもらっていない」と強弁します。

しかし先ほどもらったこのホテルの領収書と事務所で保管していた領収書は
全く同じものです。支配人は「私を疑うなら公安(警察)を呼ぼう」と恐ろ
しい顔で睨みます。

公安は中国人の味方をするか、あるいはお金を貰った者の味方をします。
もっと恐ろしいことに日本人だと分かると、とんでもない言い掛かりをつけ
て脅迫されます。私は全てを断念して支配人の言い分を了承しました。
経費は安いが予期せぬ出費で経費が上がるのが中国式ビジネスです。

こういう事は主任だけでなく一部のアルバイトスタッフも加担していると思
われます。証拠はありませんがホテルの支配人までグルの可能性があり
ます。しかし半年ほど同じホテルで、以前のアルバイトスタッフと新しい
スタッフで検品作業を続けました。

その後、以前取引のあった商社に相談していました。ホテルの中二階が全
て事務所になっている5星ホテルの1室が空いている情報を得て、そこに
場所を移しました。経費は高く付きますが、それ以降事務所の備品が全て
なくなることはありませんでした。

今回の承徳出張は事務所の備品が全て盗られ、その後始末に行く事と
、同時に承徳市のトップからのお誘いが数週間前からあり、それらを兼ねて
行くことになりました。承徳市が外国企業を積極的に誘致するために私に目
をつけたらしい、しかし私は合弁する気は全くありません。中国では法人格
を持たないというのが私の鉄則でした。なぜなら中小企業の合弁の悲劇は
いやというほど知っていたからです。それに法人でない限り中国の法律に
縛られる事はありません。いつでもやめて逃げ出す事ができます。

ここで簡単に中国進出の方式を書いてみます。

中国に進出する形態には、合弁、合作、独資の方式があります。大企業は
危険を避けるために独資方式を取りますが、資金量の少ない中小企業は
合弁方式を採用しますが、その多くの中小企業はほとんど痛い目に合わさ
れます。

1996年から中国側は独資においては、大企業や先端技術企業以外は認
可を認めなくなりました。そこで資金量のある中小企業でも致し方なく合弁
を選択した。合弁とは、中国側パートナーが土地と建物を提供、日本側が資
金を出す中国側は土地と建物を過大評価して日本資金を過大に投資さす。

日本側も51%以上の出資比率で工場を支配したつもりになっていた。し
かし出資比率が6対4であろうが8対2であろうが中国側は董事(役員)を
出してくる。赤字で撤退しよう.と思っても中国側も含めた役員全員が撤退を
承認し、その上、合弁を認可した役所が認めない限り工場を閉鎖できない。
中国の法律には会社解散及び倒産の項目がない。

その結果進出したはいいが赤字で、撤退もできず給料と経費の金を送り続け
ることになる。日本の中小企業は事前にこのような落とし穴を知らされてい
ない。中国側の契約書にも一切書かれていない。日本のメディアも中小企業
の悲劇を一切報道しない。当時のマスコミはひたすら「バスに乗り遅れるな」
と中小企業を焚き付けるばかりでした。

先進資本主義の資本と技術をタダで入手するために考え出した恐ろしいほ
どの奸智、何しろ中国には土地と老朽工場と労働者は大量にある。無いの
は資本と技術です。中小企業にとっては、中国政府が仕組んだ、まさに
蟻地獄です。

その後中国の法律が中国に都合の良い法律にどんどん変わっていった。
中小企業だけでなく、大企業に関しても技術移転の強要や知的財産権の
侵害など平気で泥棒行為をやり始めた。それを拒否すると、工場経営が
徹底的に邪魔される。日本側は目をつぶって仕方なしにノウハウを教えた。
それだけでは無く労働者の解雇を法律で出来なくしてしっまた。

当社はこのような中国人の恐ろしさを事前にわかっていたので、あえて法人
格もたずに中国工場を支配した。その方法は法人格を持たない契約式合弁
という方法を考え出した。(詳しいことは私の著者「コラ!中国いい加減にし
ろ」に書いています)

ここで、話を承徳市からの合弁の誘いがあり致し方なく出張したところまで
話を戻します。

むげに断ろうにも後々の事を考えると行かざるを得ません。取引している
承徳工場の総経理に連絡を入れて仕方なしに出発しました。

当日は泊まっているホテルで私の歓迎パーティー。契約している承徳工場
の2軒の工場の幹部たちはもちろん、地方政府の幹部たち、承徳市の役人
達が次から次へと名刺を交換、偉い人たちの歓迎の挨拶、食事、何回も
乾杯をしてやっとお開き、どの人の目も「この日本人を絶対逃さない、必ず
投資させる」という鋭い目つきで私を見ています。

翌日は、再び今度は工場の幹部たちと食事、そして食事中は盛んに合弁を
勧められる。私は合弁する気などサラサラありません。しかし承徳工場と
合弁する気がないままこのまま付き合っていくのは危険が大きすぎる。

次回は発注を止めて承徳と縁を切らねば、と思いながら日本に帰って来ま
した。

力のない中小企業では、危険な臭いが漂ってきたら、即、逃げ出す準備を
する。これが中国ビジネスの鉄則です。この鉄則のお蔭で中国ビジネスに
おいて大きな痛手を被らずに無事会社を維持できました。

今回のブログはかなり長くなりましたが、特に企業経営者や政治家、それに
多くの日本国民に中国人の正体を知ってもらうことは、私の残り少ない人生
の使命感だと思って、拙い文章で必死になって書き綴りました。

それともう一つトランプの出現です。アメリカはようやく中国の悪の正体に
目覚めました。一時は愚かなオバマ大統領によって「G2」構想を提唱する
など、中国がアメリカの「戦略的パートナー」になり得るといった幻想を持っ
たために中国をのさばらしてしまった。

トランプは「世界ルールに違反する不公正な中国に鉄槌を下す」と言って
います。  トランプの登場はまさに神の配剤です。





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安全保障条約を破棄されたら? 7月3日(水)


中国人の正体を知ってもらうために私の実体験2を書くつもりでしたが
興味深い案件が飛び込んできましたので、そちらに切り替えます。
中国での実体験2は次回にて。

トランプ大統領がG20出発前に、日本の安全保障条約を破棄する可能性に
ついての考えを側近に漏らした。(ブルームバーグ通信)

トランプは現在中国潰しに懸命に動いている最中に条約破棄など絶対にあ
り得ない、日米同盟はアジア太平洋地域の安全保障の要であることは彼は
重々承知のはずです。にもかかわらず何故このような事を漏らしたか?

推測だが安倍首相の頼みを聞いて条約破棄を言い出したのではないかと、
もしそうならトランプの言葉は「干天の慈雨」日照りのときの恵みの雨で
す。なぜならアメリカの言葉だけの条約破棄なら日本はやっと対米自立の
きっかけにできるからです。

アメリカに本気で安全保障条約を破棄されたら日本は中国に飲み込まれて
しまう。だから国民に早急に憲法改正して自衛隊を明記しなければ日本の
防衛が成り立たない事を思い知らせるためにトランプに条約破棄の言葉を
お願いした。
 
野党も与党も日本人全ての思考は、日米同盟、安全保障条約の土台の上に
成り立っています。それが条約破棄が前提なら日本は自分の身は自分で
守らなければならない、つまり日本人はやっと自立自尊の精神に目覚める
ことになります。70年間も塩漬けにされていた憲法改正の目途がつきます。

野党も左翼も9条を旗印にして、国民を守るための現実的な安全保障政策を
ことごとく妨げようとしてきた。それも日米安全保障条約が機能することを
前提にして9条改正に反対してきたのです。

つまり憲法9条第1項の掲げる「戦争の放棄」「武力行使の放棄」、第2項の
掲げる「陸海空軍、その他の戦力の不保持」などは日米安全保障条約が
機能することを前提にしているから、バカ野党の理論が成立するのです。

戦後、現憲法が制定されてから、幸いにも戦争をすることはなかった。その
事実を憲法第9条が平和を守ってきたと主張する愚かな左翼が大勢います。
違います、自衛隊と日米安全保障条約に基づくアメリカ軍の抑止力が日本
の平和を守ってきたのです。

日米安全保障条約がなければ中国はとっくに尖閣諸島だけでなく沖縄まで
占領しています。左翼はそんなバカな、と言いますが中国は以前から沖縄
は中国の領土だと宣言しています。

中国は無能なオバマ大統領の時代に国際法を無視して南シナ海の人工島
の軍事化を進めています。中国は台湾への武力行使も宣言しています。

日本政府は2014年7月1日の臨時閣議で、憲法解釈を変更して集団的自
衛権行使を限定容認することを決定しました。これにより日本が攻撃され
ていなくても、密接な関係にある他国が攻撃された場合に、自衛隊が他国
の軍隊と一緒に反撃できるようになる。この事によって日米は初めて守り
合う関係になりました。

しかし野党のバカどもは中国の脅威に対処するこの法案を廃止に追いやる
べしで自民党を攻撃しています。日本を中国の属国にしたいのですか?

トランプ氏も安倍氏の助言でこの法案を知っているはずです。だから最近
のトランプ氏は日米安保条約が米国にとって不公平などと言うはずがあり
ません。

日本を邪悪な中国によってチベットやウイグルのようにしない為に、安倍
首相が提案したように自衛隊を早急に憲法に明記することです。

一部の偏った知識人たちは、「現在の憲法には国防、自衛隊という概念は
ありません。なので今まで国防を理由に人権を制限することは、基本的には
できない。ところが国防のための自衛隊が憲法に書かれることで人権制限
が可能になってしまう、とんでもないことだ!」と言っています。

どいうことかと申しますと、例えば国防のために必要なので、あなたの土地
を一時的に使わせてもらいますとか、国を守るために一時的に情報統制を
しますなど、戦争状態になれば、国民の命を守る国防が最優先なのは当た
り前のことです。

一部の知識人や左翼の言っている人権優先などは「命より健康が大切だ」
と言っているのと同じです。

戦後の学校教育は、普通の民主主義国が国防のために軍隊を持っている
ことや日米同盟と抑止力の意義、中国や北朝鮮の脅威を教えてこなかった。
「平和憲法」を金科玉条とする日教組やバカ左翼の勢力の存在が安全保障
に関する国民教育の妨げとなってきたのです。

戦後、バカ左翼や在日朝鮮人たちは、日本という国家の力を弱め、国民の
元気をなくし、だらしない社会を作って、中国の属国にしようと計画したの
です。この毒ガスのような反日的言論が、いつのまにか日本列島のすみず
みまで行き渡って日本人を「平和ボケ」にしてしまったのです。

「戦力の不保持」を定めた9条2項を削除して軍の保持を認めるには、平和
ボケにされてしまった今では時間がかかり過ぎる。だからその前段として憲
法に自衛隊を明記することは意義があります。

安倍首相はこの夏の参院選で、令和の平和を守るために自衛隊があること
を憲法に明記することで、日本人の軍事アレルギー体質を改める契機にし
たいのです。

だから憲法改正の追い風とするべしでトランプ氏にあのように言ってもらっ
たというのが私の推測です。





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