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日はまた昇る  近現代史NO50   9月24日(月)

近現代史の旅50回目です。苦しい長い旅も終わりにしたいと思います。

学者でもない一介のビジネスマンが近現代史に挑戦するなど恐れ多い事
ですが、近現代史を教わっていない人たちに、日本がどれほど苦しい熾烈
な戦いを生き抜いてきたかを知ってもらいたくて、旅を続けました。

過去の歴史を振り返れば、当時は欧米列強の植民地主義が、地球のすみず
みまで支配していたということを前提にして小国日本の行動を考えれば
日本の戦争は、全て自存自衛の戦いだということが理解できます。

そして我々日本人は戦後明治以後の歴史の流れを検証せずに、中国や韓国
の「南京大虐殺」「従軍慰安婦」などの個々の捏造された口撃にあたふた
して、事実無根を訴えても彼らは聞く耳を持っていませんし、結果として
国際社会に宣伝することになり海外に真実として受け取られてしまいます。

まず日本人すべてが近現代史を勉強して歴史の真実を知る必要があります。
そのことを最近のテレビを見ていますと痛切に感じます。尖閣国有化に
激化する中国に対しての知識人を集めての討論会で、ほとんどの人たちは
1931年満州鉄道爆破(柳条湖事件)の自作自演から中国侵略が始まったと
いうことを前提にして参加していることに驚いてしまいます。

中国は戦後満州という言葉を中国史から消してしまうために満州の地を
「東北」と呼んでいます。なぜなら満洲は国際法である「万国公法」の
基準でいえば満州の地は清王朝の祖先の地であっても「無法の地」だった
からです。

アメリカの国務長官のヘンリー・スチムソンは「日露戦争当時、満州は
ほとんど空き地同然の辺境で、中国の支配の及ばない土地」と言ってい
ます。日本に亡命した孫文も「もし日本が支那革命を援助してくれるなら、
成功の暁には滿蒙を日本に譲る」といっています。

詐欺師孫文にとって満州どころか、揚子江以北ならば、中国の持ち物で
ないのだから日本に譲っても痛くもかゆくもなかった。

だから日本は脅威のソ連の南下を防ぐために満洲に新しい独立国を建設し
て日本とソ連の緩衝地帯にしておく必要があったのです。

そこで新国家を建設するために住民を略奪、虐殺をしていた、軍閥の
張学良を打倒するために柳条湖での日本鉄道爆破を決行して、張学良の
仕業として、張学良を駆逐したのです。

その後の支那事変の発端になった盧溝橋事件も中国共産軍が仕掛けた罠
であったことは戦後中国が得意げに発表しています。目的は蒋介石と日本
軍を無理やり戦わすことでした。

日本軍はいくら戦争する気がなくても、中共軍は日本人虐殺の通州事件、
上海事件といったテロ事件を次々起こし、日本軍を大陸のドロ沼に誘い込
んでいったのです。中共軍によって日本の居留民や駐留日本軍に次々テロ
活動を起こされたのでは、日本軍は救助に行かざるを得なかったのです。

私が言いたいことは、戦後日本を呪縛してきた歴史観には、戦争の一部分
だけを取り出して、そこへ中国や韓国の歪曲や捏造まで加えられて日本を
侵略国家だったとの誤った歴史観を植えつけてしまったことです。

そして日本の歴史書には、日本は欧米列強から身を守ろうとした弱い国
ではなく、最初から欧米列強と一緒になってアジアを侵略した悪い強国
と記述されています。

このような事がどうしても許せなくて、少しでも払拭したいという思い
から近現代史の旅を続けてきたのです。

今の若い人たちは、日本という国を欧米諸国よりはるかに後れて生まれた
途上国だと思っています。とんでもない、江戸はロンドンを超えて、100万
人口の大都市でした。中国のように単に人口が多かっただけでなく、その
社会システム・文明度は突出していました。現在の野蛮な中国よりも江戸
時代の方がはるかにまともで文明度及び民度の高い国でした。

日本は大東亜戦争に負けましたが、その目的であるアジアの植民地解放を
成し遂げました。まさに神の使命を果たしたのです。

日本は3000年かけて、長い歴史と文化の上に成立した万世一系の神代に
成立した神々し国家です。我々日本国民は歴史の真実を知って、日本国に
生まれたことを感謝し、自信と誇りを持って生きていきましょう。



(長い間私の拙いブログを応援していただき誠に有難うございました。
今年の夏は体調を壊して、何回も挫折しそうになりましたが、皆様の
コメントに勇気づけられてなんとか近現代史の旅を続けることができまし
た。少し休みます。1ヶ月か半年か永久か 分かりませんが、健康な体に
なって戻ってきます。皆様もお元気で日本のためにご活躍してくださる
ことを期待してこのブログを終わりにしたいと思います)





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旅の終わりに! 近現代史NO49   9月21日(金)


近現代史の旅49回目です。4ヶ月も続いたこの旅もそろそろ終わりにした
いと思います。旅を始めるきっかけは、5月30日の産経新聞に載った
橋下市長の「近現代史施設構想」の記事を見て、一抹の不安をおぼえた
からです。

橋下氏は「教えたいのは愛国心のイデオロギーではなく、歴史的な事実に
ついての知見、僕が重視しているのは価値観ではなく資料の部分だ」と
いう言葉に何故か気分が落ち込んでしまいました。

橋下氏は愛国心をイデオロギーと結びつけているということは、先の戦争
を侵略戦争だと意識しているからです。愛国心を意識すると戦争につなが
ると考えるのは戦後教育の呪縛から抜け出ていない証拠ではないかと思い
ます。愛国心を抜きにした歴史的事実とは泡の抜けたビールのような
ものです。

橋下氏は「重視しているのは価値観ではなく資料の部分だ」という言葉
にも違和感を覚えます。むしろ近現代史の中で日本が起こした戦争の価値
観を重視して子供たちに教えなければ、戦後の歪められた侵略史観から
脱することはできません。

それとこの記事の中に「橋下市長が公明市議団幹部と懇談した際に、近現
代史施設構想を伝えたのが発端だった」という記述に不安感がよぎりまし
た。戦後自民党を崩壊させた最大の原因は公明党と組んだことです。
公明党に配慮した政策が日本の混迷度をより深め日本を弱体化させて
いったのです。

公明党と民主党は同じ穴の狢です。国を壊す人々です。19日にどさくさ
紛れに閣議決定した「人権救済法案」は確実に日本を滅ぼしていきます。
単なる「言論統制につながる」だけでなしに朝鮮族が日本を支配する
ツールになります。公明党は以前から前向きでした。

この危険な法案を閣議決定したということは民主党は間違いなく在日朝
鮮人かあるいは朝鮮人から金と票をもらっている人たちです。公明党も
同じです。

この危険な公明党と組むことを公言している橋下氏を信用していいのだろ
うか?単に公明党の議席を利用したいと思っているだけだと信じたいで
すが!

私が以前ブログで言ったように、「毒を持って毒を制す」橋下台風が
売国奴である民主党議員を吹き飛ばしてくれれば、彼は日本を立ち直ら
してくれます。彼は8割いいことを言っています。自民党議員の中にも
リベラル思考の人たちが多くいます。それだけに橋下氏のような人も日本
には必要です。甘いかもわかりませんが、期待しています。

とりあえず自民党が政権を取り安倍晋三氏が首相になり、憲法を改正
することで日本の戦後は終わり、新しい出発の時を迎えます。



(今日は近現代史のしめの文にするはずが、またアサッテに飛んでしまい
ました。次回はしっかりしめたいと思います)



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中国よ「天怒人怒」  近現代史NO48  9月19日(水)


近現代史の旅48回目です。テレビを見ていますと反日デモで暴徒化した
野獣そのものの中国人の哀れな姿を映し出しています。

この中国人の暴徒は日本に大きな幸運をもたらします。何故なら日系企業
に対する略奪・強盗の映像が世界中に配信され 中国人のモラルの低さを
世界中の人々が知ることになるからです。

そしてこのことによって日本企業や外国企業の新規投資がなくなり企業の
中国撤退が起これば万々歳です。しかし目の覚めない日本企業があまりに
も多すぎます。

親中企業の筆頭であるイオンは今回の略奪・強盗デモの被害が25億だ
そうです。このまま続ければ25億どころでは済まなくなります。

日本企業も政治家もテレビのコメンテーターもあまりにも中国の実態を
知らなすぎです。中国では「格差」が無限大に拡散しつつあります。
その上「公害」の深刻化、「水不足」「電力不足」「インフレの高進」
など市民生活を直撃しています。

人間に必要なものは空気と水と土地です。現在。中国の都市部を流れる
河川の9割は既に汚染され、地下水の7割程度も汚染されています。

そして中国の雇用と景気を支えてきた不動産バブルが崩壊しつつあります。
それに並行して中国にある4200万社の中小企業のうち50%近くが既に
倒産、残り40%以上が倒産の危機に直面しています。

今回の反日デモの暴徒は大都会しか報道されていませんが、地方都市を
含めると同時に100以上の反日暴動が起こっています。中国政府は暴動の
連鎖を恐れて日本のテレビで見るような略奪の様子を放映していません。

しかし携帯電話を通じての情報のネットワークを活用して暴徒を組織して
大規模な略奪が各地方で起こっています。すべての原因は失業です、彼ら
にとって自分たちの生活を維持するための収入を提供してくれる職場が
次から次へと無くなっているからです。

日本の報道では尖閣諸島の国有化に反発して暴徒化が突然起こったような
報道をしていますが、中国地方では去年から天災と人災が相次ぎ、凶悪
事件や騒乱事件が一斉に発生して、まるで世紀末と思わせるような地獄
絵図の様相を呈しています。

これらの人災の大部分は共産党幹部が牛耳る人命無視のずさんな工事と
技術不足、ピンハネが要因です。中国ではここ10年毎年8万~10万の
大小の暴動が起こっています。それらの暴動を素早く鎮圧しているのが
射撃を躊躇しない公安警察です。

日本のマスコミの間違いは今回の反日デモを尖閣問題として採り上げて
いますが、実際は彼らが怒っているのは、働き口がないことです。人口
の三分の二以上が生活している農村部で、共産党幹部が企業と結託して
農民から土地を取りあげ、都会に出てきても就職難で食べていくことが
出来ません。

数年前なら低賃金でも働き口があり、農村の家族に仕送りができていま
したが、2008年のリーマンショック以来の世界不況が中国の中小企業を
直撃して、倒産に追い込んで行きました。

数年前から中国リスクを恐れたアメリカ、欧州、韓国などは資本を徐々に
引き上げてきています。しかし愚かな日本企業は逆に投資を40%も一気に
増やしています。日本の財界の情報不足、勉強不足には呆れるばかりです。

昨日テレビのニュースを見ていましたら工場を破壊されたパナソニックの
副会長が、「このような目にあったからといって工場を縮小するつもりは
ない」と言明していました。中国を油断させるために言っていると信じた
いですが、過去の中国進出の成功が未来も続くとは限らない。

松下電気は鄧小平に請われて電機メーカーでは最初に中国に進出しました。
鄧小平は松下を撒き餌にして日本企業を中国に引きずり込む戦略を取った
のです。そのために松下電器は中国に意地悪されずに便宜を図ってもらっ
ていたのです。だから松下は中国リスクをまるで感じていません。

マスコミの居ない地方では暴動が起きても、中国共産党は軍隊を派遣し、
容赦なく武力弾圧してしまいますが、マスコミの注視している上海や北京で
生存を求める何百万人もの民衆が同時に動いたとき、人民軍は一斉射撃が
できるだろうか?

もし天安門事件のように容赦なく戦車でひき殺せば、外資系企業は一斉に
逃げ出して、二度と帰ってきません。経済の沈没です。

今回の反日デモで日本企業を破壊や略奪していますが、反日を掲げてさえ
いれば、当局も見逃してくれるからです。中国の多くの人々は、尖閣など
実際はどうでもいいのです。自分たちの本当の敵は、口には出さないが
中国共産党であることをしっています。

内乱を恐れている共産党幹部は不正蓄財を海外に移し、妻子らは海外暮ら
し 自身は国内で職権乱用と汚職三昧を続け、危うくなると素早く海外に
逃げています。

話があっちこっち飛びますがテレビで評論家が「中国無しには日本経済が
成り立たない」ようなことを言っていますが、イメージだけで言っています。

対中輸出入額はGDPの5%程度であり、しかも香港経由を含めると輸出額
と輸入額はほぼ均衡しているので、日本のCDPへの寄与度はほぼゼロです。

現在の日中貿易の特徴は、日本の輸出品が中国で加工され、もう一度日本
あるいは他国に再輸出されるパターンが多く、中国が担当する加工レベル
はあまり高度なものでないので、他のアジア諸国で代替え可能です。

つまり日本が今後、中国の機嫌を損ねると経済的に困るという状況には
ありません。はっきりいうなら日本は経済上、中国を必要としていません。
むしろ中国の貿易構造が日本に依存するかたちになっています。

中国は加工する部品を日本に輸出してもらわなければ、海外に再輸出する
ことができません。しかも、日本の輸出する部品は日本でしか作れないも
のがほとんどです。

立場的に日本の機嫌を損ねると困るのは中国の方なのです。数字を検証し
ない日本の似非評論家は逆のことを言っています。


(今日は近現代史を外れて反日デモのことを書いてしまいました。
ニュースキャスターは「柳条湖事件から81年目にあたる、日本はここから
中国侵略が始まった」と無知をさらけ出しています。
評論家やキャスターの無知蒙昧にはいつも怒りがこみあげてきます)

長くなるので今日はここまで、続きは次回にて




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英霊を侮辱する文化人たち  近現代史NO47  9月17日(月)


近現代史の旅47回目です。私のブログの目的は大東亜戦争が、断じて
日本が起こした侵略戦争ではない、それどころか白人たちが巧妙な謀略で
日本を巧みに戦争におびき出したものである。

このことを知らずに我々日本人は戦後60数年間過ごしてきました。
戦後の日本の混迷の原因の全てであるアメリカの仕掛けた東京裁判と占領
憲法によって、侵略犯罪国家として肩身の狭いおもいで生きてきたのです。

しかし日本の戦争の結果、アジア・アフリカは白人の植民地から全て解放
されました。つまり長期的に大観すると、この戦争は人類の世界地図を
一変させたのです。

つまり日本の存在と発展は20世紀の奇跡であり、世界の人種差別の壁を
取り除き、有色人種と白人を同等にした まさに聖戦だったのです。

にもかかわらず、日本の知識人も国民も、今なお、植えつけられた戦争犯
罪国家の汚名を引きずって、謝罪と反省を国是として卑屈な謹慎国に成り
下がっています。

歴代の首相や政治家が、広島平和記念式典や靖国参拝、全国戦没者追悼式
で発する言葉は常に、二度と戦争を起こさないという「不戦の誓い」と
「平和の誓い」です。聖戦を戦ってお亡くなりになられた英霊たちにとって
こんな失礼な悔しい言葉はありません。

つまり過去の日本の戦争は侵略戦争で多くの英霊は無謀な侵略戦争に駆り
出された気の毒な戦死者で、二度とあのような悪い侵略戦争はしないから
安らかにお眠りくださいということは、日本を戦争犯罪国家に認定してい
るようなものです。これでは英霊は犬死だと決めつけたことになります。

しかし当時の世界の情勢をしっかり眺めてください。20世紀はまさに戦争
の世紀でした。白人たちはアジア・アフリカを我さきにと植民地化して
いった時代でした。その中で極東の有色人種である日本人が負けると分か
っていながら大東亜戦争に引きずり込まれていったのです。戦争を回避す
る道は残されていなかった。

昭和天皇の開戦の詔書にあるように、帝国の自存自衛と東亜の安定のため、
正当防衛として立ち上がった正義の戦いでした。結果大東亜戦争は負けた
が、アジア・アフリカは、白人の植民地から全て解放されました。この
英霊たちは人類開放の聖戦を戦った偉大な勇者たちです。

ところが日本人は戦後、戦争犯罪国家として洗脳されたために、英霊を
拝む時に「無駄死にさせて申し訳ない、今後二度と戦争はしません」と
手を合わします。

英霊たちは「バカモン、我々は無駄死にしたのではない 白人の植民地
勢力を全て本国に追い返した人類開放の価値ある戦いをしたのだ。なぜ
それがわからないのか」と墓場から大声を出しています。しかし英霊た
ちの苛立ちの声が聞こえる人たちは今だ ごく少数です。

戦後日本人を呪縛して、日本国を畏縮させ、閉塞状態した代表的な左翼
文化人である井上ひさしの言葉を書いてみました。

「戦争の犠牲者に対して生者がなすべきことは、亡くなったアジア諸国の
人々への謝罪と補償をできるだけして、あとは死者の魂を静かにしておく
ことだ、そして生者は、これらの非業の死の意味を深く噛みしめながら、
自分は二度とこのような死に方をしないし、他人にさせもしないと、心の
内で強く誓いながら生きていくしかない」

この井上ひさしの言葉はアメリカや日教組の洗脳に騙されたまま、いまだ
目覚めていない愚かさを露呈しています。このような歴史を勉強しない
無知な文化人が「日本軍の残虐行為を事実として受け止め、何もかも日本
が悪い」と言う史観を日本人に植え付けるのに貢献してきました。

この歪められた侵略史観に沿って子供たちの教科書が作られ、今なおほと
んど改定されずに現代にいたっていることは誠に恐ろしいことです。

今年末か来年には自民党が政権を取ることは確実ですが、保守の中にも
未だに誤った歴史認識を持った勉強のしない愚かな人たちが多数います。

この虚妄の戦後体制から国家と国民を目覚めさせるために、正しい知識を
持ったリーダーの出現を心から願っています。




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日本の戦争  近現代史NO46  9月14日(金)


近現代史の旅46回目です。戦後日本人に戦争犯罪を意識させる洗脳教育に
よって侵略戦争史観、日本罪悪論、一色に染め上げられてしまいました。

そのうえ左翼たちは日本国民の敵は連合国ではなく、日本の支配階級で
あると主張し、国民を支配階級と被支配階級に二分割する観念操作をして
いきました。

たまのテレビの討論会での発言を聞いていますと、ほとんど全ての人が
あの戦争は日本の侵略戦争だという観念で発言をしています。戦後のGHQ
や日教組の洗脳教育の深刻さに驚き、呆れるばかりです。

私のブログによって一人でも多くの方が目覚め、戦後社会の矛盾、謝罪体
制の卑屈な戦後から脱出することができればこの上なく喜ばしい限りです。

近現代史においての日本の戦争はすべて自存自衛の戦争で断じて侵略戦争
ではなかった と誰はばかることなく声を大にして言えます。

日清戦争、日露戦争、日韓併合、満州事変、支那事変、大東亜戦争、どの
戦争も数百年にわたる西洋植民地体制が日本軍の一撃でもろくも崩壊した。
そして日本の戦争を契機として、人種差別が撤廃され、すべての植民地が
解放され、独立国が200近くにもなりました。

このようなことを言うと韓国人は「朝鮮半島を侵略して植民地にしたでは
ないか」と顔色を変えて怒りますが、それは韓国政府の意図的な歴史歪曲
の教育を受けて育ったからです。

朝鮮半島に存在した李朝時代がどれほどおぞましいものであったか、権力
者が暴虐の限りを尽くし,法は権力者によって好き勝手に用いられ,人命
も、道徳も顧みることがなく民衆は過酷な社会の中で乞食同然の生活を
強いられていました。

そのおぞましい朝鮮を日本内地と同じ水準に引き上げるために多くの投資
を行い、朝鮮を短期間に全世界でも類例がないほど高度成長させました。
日本のたぐいない「植民地統治」を西洋の学者は絶賛しています。

台湾も満州国も全く同じです。19世紀末から20世紀は西欧帝国主義がお互
いに競って世界各地を侵略し住民を殺し、彼らの財産を強奪し原住民を奴隷
としてこき使っていた時代です。その中で日本だけが唯一進出した国に日本
国民の税金を投入して近代国家に育てたのです。まさに神の所業です。

韓国は日本と戦って独立したのではない。韓国は中国の千年属国で、日本が
日清戦争をとおして制圧し、朝鮮と台湾を独立させ、日露戦争をとおして再
び朝鮮と満洲を独立させたのです。もし日本が日露戦争に勝利しなかったら、
朝鮮半島はロシアに切り刻まれて、現在になっても遅れた地域として最貧国
に甘んじていたと思われます。

日本がその生命線である朝鮮や満洲に進出したのは、白人のアジア進出を
防ぐためで、日本の行為を白人のアジア支配と同列に論じてはならない。
白人らのそれはすべて植民地拡大の侵略行為で 日本は近隣諸国と日本の
生命線を守るための自衛でした。

大東亜戦争もアメリカが日本を戦争におびき出すために、経済封鎖をして
日本への石油輸出を全面的に禁止した。石油の大半をアメリカに依存して
いた日本の打撃は致命的でした。

日本は生きていくために東南アジアの石油資源に頼らざるをえず、南方進出
はやむえない措置でした。さらにアメリカは三国をそそのかして、いわゆる
ABCDラインという経済封鎖を引いて、日本を壊滅させる政策を実行して
きました。

そして11月26日、最後のとどめとしてハルノートを突きつけてきました。
これは明らかな一方的な宣戦布告です。これを受けた当時の日本は、自殺
するか、降伏するか、さもなくば戦うかの選択しか残されていなかった。

ルーズベルトはこのようにして日本がパールハーバーを攻撃するように
仕向け、まんまと念願の戦争に突入できたのです。

それなのに戦後の学者や文化人は、軍閥が独走し、軍部が暴走して開戦に
至ったなどと分析し、あの戦争の原因を日本側のみにあると考え、戦前の
軍国主義批判に終始しています。

そして国内の政府、軍部の内部からの原因を探る議論に熱心で、こうすれ
ば避けられたはずだなどとの意味の無い結論を、したり顔で喋っています。

戦後大東亜戦争論を記述している学者の多くは、その原因を国内だけから
しか見ずに、当時の国際情勢やルーズベルトの開戦意思やスターリンの
謀略については、全く触れられていません。

そして彼らが一致して批判している軍国主義は、当時は白人の植民地化を
免れるため、日本が国民と国家の総力を挙げて、防衛的軍国主義に向かう
のは、国家を守るためには当然の選択です。学者殿、どうしてこの当たり
前のことが理解できないのですか?

戦後日本人は左翼の「日本国を悪しかれと願う」邪悪な企みで、自由、
正義、人道、人権といったいい言葉、美しい言葉を全部握られてしまい、
自国の歴史を悪しざまに語る以外に方途のない罠に嵌められてしまいました。

我々日本人は歴史の必然として起こった過去の戦争に対して、罪の意識を
抱く必要は全くない。アジアに日本がなかったら、中国はとっくにアフリカ
のように欧米列強に分割支配されいた。現在の中国があるのは、紛れも無く
日本のお陰です。

日本は中国社会をはじめとする東アジアの悲惨な状況を救った救世主です。
日本は自ら血を流してアジア民族を解放した、人類最高の良いことをした
偉大な民族です。日本人は世界に対してもっと誇りを持つべきです。


(続きは次回にて)



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「華禍論」 近現代史NO45   9月12日(水)


近現代史の旅45回目です。大東亜戦争はアメリカが100%仕掛けた戦争
だということを証明するために支那事変を再度検証してみました。

戦後左翼思想に影響を受けなかったまともな言論界の人でさえ、あの戦争
は軍部の暴走が悪い戦争を起こしたのだとの戦前の軍国主義批判に陥って
います。

しかし私が納得できないのは、戦後大東亜戦争を論じる多くの学者は、
その原因を国内だけからしか見ず、当時の国際情勢や敵側の意思や謀略に
ついては全く触れられていません。

ルーズベルトやスターリンの意思や謀略を見ずにどうして戦争の真実が
明らかになるのですか?当時の国際情勢は、欧米列強の世界侵略、帝国主
義、覇権主義の時代で、軍事力だけが支配した時代でした。

この白人の世界支配に唯一抵抗したのが日本です。その有色人種に欧米
列強が襲いかかって来たのです。それゆえ日本が国民と国家の総力を挙げ
て欧米列強に立ち向かったのは当然の行為です。

その意味からも日本軍部の暴走が戦争を起こしたのでは断固ありません。

当時の日本がいかに平和を願っても、侵略側の首脳が開戦を切望していては
戦争は絶対に避けられなかった。これと同じような状況が現在日本と中国の
間で起こりつつあります。

尖閣を自国領土だと主張している中国が海洋監視船2隻を尖閣付近海域に
派遣して、日本政府の尖閣購入に対して「不法かつ無効で、断固反対する」
と威嚇や恫喝を始めています。

つまり日本は戦前と同じように必死に平和を願っても、侵略側の中国が開戦
を仕掛けてきたら戦争は避けられない。そして戦前と同じように侵略者は
日本にされてしまいます。

中国外務省が「日本があくまで耳を貸さずに独断専行するならば、それに
よって生じる一切の深刻な結果は日本側に負うほかない」という中国の声明
は中国強盗が日本にピストルを突きつけて「金を出せ、おとなしく出さない
のならピストルを発射する、もし死んでも 素直に金を出さなかったお前
が悪い」と言っているのと同じです。

中国の外交は基本的には脅しと威嚇です。特に日本の場合は過去「歴史
問題」を持ち出せば、日本は必ず譲歩するか沈黙するという手口を覚えて
しまった。

不勉強の日本の政治家や文化人は間違った教育で贖罪意識を持ってしまっ
た。だから歴史問題を出されると中国の要求の前に沈黙してしまいます。

日本の政治家は中国の教科書が全くいい加減でデタラメだと言うことが
なぜわからないのですか?中国大陸での残虐行為をすべて日本のせいに
して 自分の国に不利なことは徹底的に隠す野蛮な中国のことを政治家は
もっと勉強してください。

ニューヨーク・タイムズのハワード・フレンチ記者は中国の教科書を調べ
て「この国では、日本を叩くことが国民的娯楽になっている」としてさら
に彼は、毛沢東が大躍進政策の失敗で、3,000万人を餓死させた事実や、
チベット侵略で120万人を虐殺したことも、文化大革命で1000万人殺害
したことも、採り上げていないという事実を指摘しています。

日本の政治家は少し勉強すれば中国の歴史認識はすべて誤りで、でっち上
げであることが理解できます。理解できれば毅然と反論できるはずです。
ところが中国に配慮ばかりしてトラブルを避けようとばかりしています。

戦前アメリカは日本との戦争を正当化するために「日本は好戦的であり、
アメリカ太平洋側まで奪い取る実力があり、その危険性は今や目の前に
迫っている」といういわゆる事実無根の黄禍論をマスコミを通じて宣伝
しました。

現在真実である「華禍論」がアジアを中心にして白人世界まで広がって来
ています。「果てしない軍拡、固有領土の妄想、噴出する流民、世界を侵食
する凶悪犯罪、8億民の貧窮農民、肥大化する特権階級、偽物コピー製品の
氾濫、悪性疫病の発生源、垂れ流しの大気と海洋汚染、大量に移民を送り
込む人口侵略」など世界の禍の中心が中国にあるという認識が世界に広が
りつつあります。

日本は隣にこの危険な狂人国家が存在しています。早急に憲法を改正して、
軍備を整え、日米同盟を強化して戦争の準備をしなければいけません。
いつでも受けて立つ気構えこそが戦争の最大の抑止力です。


(続きは次回にて)


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醜い中国人  近現代史NO44  9月10日(月)


近現代史の旅44回目です。満州・支那事変をはじめとする日本の中国進出
は中国のプロパガンダによって日本軍を侵略、略奪、虐殺の代名詞として
すり替えられ、今なお非難され続けていますが、全く逆です。

支那事変での中国軍は同胞である中国民衆を行く先々で強奪し、強姦し、
また大量殺害したのに対して、日本軍は中国軍が破壊と略奪したあとに
行って彼らを救済していきました。

中国の軍隊というものは、古来から略奪と虐殺を行なう武装集団です。
共産軍も国民党軍も、基本的にはルンペンの寄せ集めたような集団に
すぎなかった。彼らが軍隊に入ったのは、占領地域で略奪、強姦が好き
放題出来るためです。そうしないと司令官が殺されてしまうからです。

支那事変における戦闘は、たいていの場合、日本軍が攻めると中国軍が
撤退という形で進みました。ですからたまの激戦地を除けば、日本軍の
攻撃で亡くなった死者はそれほど多くありません。

むしろ中国兵の死者の多くは中国人が中国人を殺したものでした。中国
の軍隊というものは、兵士たちの後ろに「督戦隊」がいて、逃げる兵士が
いると、その兵士を撃ち殺したのです。

黄文雄氏によれば、「日中戦争時の死傷者は、日本軍の攻撃によって亡く
なった中国兵よりも、督戦隊に殺された中国兵たちのほうが多かったくら
いだ」と言っています。

中国軍が通った地は略奪や強姦だけでなく、日本軍の進路を遅らせるため
に道路や橋、灌漑施設、その他の施設を次々に破壊していきました。それに
よって中国経済は破壊され、農業も工業も致命的な被害を受けました。

1938年「国共合作」により共産軍と組んで日本を攻撃した蒋介石の軍隊は
日本軍の進撃の道をはばもうと,黄河の堤防を爆破しました。そのために
4千の村が水没し、水死者100万人、その他の被害者600万人という
大惨事となりました。

その惨状を見た当時のアメリカ人記者は、「道端には凍死者と餓死者が
あふれ、飢えた人々は死体の肉を食べていた」と報じています。

堤防決壊の直後、日本軍は堤防の修復作業を行っただけでなく、被災した
民衆の救助と、防疫作業を行いました。日本軍は中国軍から虫けらのよう
に扱われた中国民衆を、必死になって救済したのです。

中国側はまた、事件直後から、堤防決壊を日本軍のしわざとして宣伝しま
したが、この自作自演は外国人記者に見破られています。

日本軍は中国住民の救済、治安維持、戦災復興などにとりくんだので、それ
まで軍隊とは匪賊にすぎないと思っていた中国民衆は驚き、日本軍を熱烈に
歓迎しました。統率が取れ、略奪や悪事を働かず、民衆を救う軍隊というも
のを、彼らは生まれて初めて見たからです。

中国人民の本当の敵は、日本軍でなく、中国軍だったのです。もともとソ連
やアメリカの謀略によって中国内戦に引きずり込まれただけで、断じて
中国を自分の領土とするために侵略したのではありません。

日本は中国の領土保全を掲げ、誰からも侵略されない、中国人による中国人
のための国家の誕生を目指したのです。中国人民軍の本当の敵は、日本軍
ではなく、中国軍だったのです。

蒋介石の国民党軍も毛沢東の共産軍も、その頭の中にあったのは中国人民の
ことでなく、権力奪取のみでした。

「中国の5000年の歴史は「人殺し文化」です。唐の黄巣の乱、明の李自成
や帳献忠の物語でも読めば、中国の人殺しの文化様式を理解できる。中国式
は残忍だ、頭に穴を開け、目をえぐり,鼻や耳をそぎ,皮をはぐ」と
黄文雄氏は言っています。

また黄文雄氏は「南京大虐殺の記念館には、日本兵が人間の肝を食っている
模型が展示されているが、人食いも中国の食文化としてのカニバリズム嗜好
であり、日本軍の兵士が実際に行ったことではない。明の李時珍の「本草綱
目」に薬用効果があるとして載せられている。

ほかにも銃剣で嬰児を串刺しにしたりする日本軍の描写は、いずれも中国の
戦争話によく出てくるもので、晋書の「呂隆」「呂光伝」や明史の「帳献忠
伝」あたりをコピーしたものだろう。日本軍の虐殺の記述は、事実に基づい
たものでなく、中国歴代の王朝が交代するときに行われた虐殺の歴史から
焼き直したり、引き移したりしたものばかりなのである」と黄文雄氏は
言っています。

ユン・チアンの著書「マオ、誰も知らなかった毛沢東」には次のような恐ろ
しい場面が記述されています。

「ある若いイギリス女性は、北京の中心部で行われた集会を目撃した。約
200人が街路を引き回されたあと頭を打ち抜かれて処刑され、脳みそが
見物人のところまで飛び散った。死体を積んだトラックが血をしたたらせ
ながら街路を往来していた」
「27年に渡った毛沢東の支配下において、殺戮された数は総計で2700万人
に達すると思われる」(ユン・チアン)

およそ、今までの中国人を、もっともひどく痛めつけたのは、外国人では
なく、同じ中国人である。いつも中国人を裏切るのは、他でもなく、同じ
中国人自身である。中国人を地獄まで陥れるのは外国人でなく、やはり
中国人である。(黄文雄氏)

我々日本人は隣に住んでいる中国人がいかに残忍で残酷で、また大嘘つき
で自分たちの罪を平気で他人に擦りつける民族であること、そして
日本人の理解をはるかに超えた野獣人であることを 肝に銘じなければ
ならない。


(続きは次回にて)



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捏造された支那事変  近現代史NO43   9月7日(金)


近現代史の旅43回目です。幕末、明治維新、日清戦争、日露戦争、支那
事変、大東亜戦争、そして戦後日本におけるこれらの歴史は 誤解され
曲解され捏造まで加えられた。ブログで近現代史へと続く日本の旅を続け
ることによって少しでも矯正できればと思っています。

欧米列強が地球のすみずみまで植民地支配した近現代史を振り返れば、日本
がどれほど悪戦苦闘してきたかを理解していただけたと思います。

日本国の苦労の種は常に中国大陸からやってきます。我々日本人は古くから
漢籍を通じて、中国に漠然と親近感を持ってしまった。その結果「日本人と
中国人は古くからの隣人である」「日中は理解し合える」という幻想にとり
つかれてしまった。

明治以来百余年間にわたる日中紛争の歴史は、日本人が中国および中国人を
あまりにも知らなすぎたことによって起こされたものばかりです。

当時中国大陸には4億の人間が住んでいましたが、古来より国民というもの
が存在しない社会で、異文化、異言語の人々の寄せ集めにすぎない。中国に
は近代的な意味での単一民族としての中国人は一度も存在しなかった。

ところが日本人は「日本列島に住み、日本語を話す人間が日本人」という
単純な国家観で中国を見てしまった。中国には同じ言語と同じ歴史を共有
する国民というものが存在しないということが理解できなかった。

この誤解が、現在においても日本の中国に対するすべての政策の失敗をもた
らしているといっても過言ではありません。

日本の学者によって書かれた中国の近現代史を読んでいると詐欺師孫文の
辛亥革命をまるで中国夜明けのような高い評価をしていますが、実際は
辛亥革命後の中国は無政府状態で、各地に自分勝手な政府が出来、しかも
どの政権も我こそは正統な中国政府であると言って外国との交渉にあたる
ので、国際政治に不信感と混乱をもたらしました。

このように中国は20世紀中頃になるまで、中国には共和国体制もできなけ
れば、国家国民も生まれることがありませんでした。そして多くの地方政権
は、清帝国の最盛期のすべての遺産を継承しようとして譲らず、40年にわ
たって内戦に明け暮れました。

これに列強の利害と思惑が重なり、なかでも中国利権に乗り遅れたアメリカ
は中国支配の及ばなかった満州に目を付けます。ところが満洲は自国防衛上
ソ連を追い出した日本が支配していました。

アメリカは一軍閥に過ぎなかった蒋介石を支援して日本と対決させます。
そして日露戦争の復讐に燃えたソ連は中共軍のバックにつきました。

日本は中共軍の仕掛けられたテロ行為とアメリカの謀略で蒋介石軍と戦い
泥沼に足を取られて抜けることができなくなった。これが支那事変の歴史
的背景です。

東京裁判で日本を侵略国と断定しましたが、これは全く逆で日本の立場から
すると明らかに欧米列強こそ、日本への侵略戦争を仕掛けてきたのです。


今日は支那事変における中国軍と日本軍の大きな質的な差異を書くつもり
でしたが長くなるので次回にさせていただきます。

中国軍は中国同胞である中国民衆を行く先々で強奪し、また大量殺害を
しています。中国はこれらの残虐行為を全て日本軍のしわざと宣伝してき
ました。

世界のマスコミも愚かな日本のマスコミも信じてしまった。これでは日本の
兵隊さんは浮かばれません。

このような中国人の人間とは思えない残虐性を「魯迅」「林語堂」などが
中国民族は根本的に「人間のくず」だと言っています。

来る2012年9月29日は日中国交樹立40周年を迎えます。日本が中国に
常に配慮し「日中友好」を基本に付き合ってきましたが、しかし中国側は
この40年間、日本に対する敬意や友情を示すことは一切ありませんでした。

尖閣上陸、愛国無罪を叫びながら暴徒化する反日デモ、日本大使館襲撃
など中国の蛮行が連日報じられています。それにもかかわらず「中国を
刺激しないこと」が唯一の外交とはただただあきれ果てます。

いくら日本が被害者であっても、日本が悪いと責任を転嫁するさまは
まさにアジアの野蛮人です。

中国人の魯迅が言っているように「中国人はクズ」なのです。この事を
日本人はしっかりと認識しましょう。



(この続きは次回にて)


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前門の虎後門の狼  近現代史NO42   9月5日(水)


近現代史の旅42回目です。日本人のほとんどは日本と中国が戦争したと
思っていますが、日本と中国の戦争は日清戦争(1894年)だけでそれ以後
は中国とは戦争をしていません。

日本は「朝鮮の独立」つまり中国の千年属国から朝鮮を解き放すために
中国(清国)と約8ヶ月間戦争をしました。これは日本の圧勝で終わりま
した。だから日清戦争以後は日本と支那が戦争したとは国際社会では誰も
思っていない。

その証拠に支那はサンフランシスコ条約でも戦勝国に含まれていません。
第二時世界大戦で日本が戦争したのは英米はじめとする連合国であって、
断じて中国ではない。

そもそも日中戦争という言葉はなかった。中国の指図を受けた左翼勢力が
支那事変を日中戦争という言葉にすり替えて、いかにも中国と戦争したよ
うに印象づけるために日中戦争と呼び始めたのです。

当時日本にとって中国の正式政府は汪兆銘政権の南京国民政府です。日本
は共産ゲリラや蒋介石の軍を牽制するために汪兆銘政府に物質的援助をし
ていました。しかし汪兆銘は物質的協力を受けている日本軍に全く協力
せず、重慶の蒋介石政権と共に共産ゲリラを攻撃していました。

今日においても恩を仇で返す全く信用のおけない中国人に日本人はいつも
振り回されています。

歴史を知らない日本の左翼たちは、「そもそも日本軍は何のために支那へ
行ったのか?侵略目的のために行ったとしか考えられない」と言いますが
断じて侵略ではない。

支那大陸への出兵と戦闘行為は日本居留民や企業、資産を守るため、治安
維持のために軍隊を派遣しただけなのに、アメリカやソ連の謀略で支那の
内戦に引き込まれてしまったのです。

1899年に起こった義和団事件を契機に、英米仏伊と日本の5カ国は1901年
清国政府とのあいだに「北信事変最終議定書」結び、米国などともに日本も
居留民を保護するために北京近郊に軍隊を駐留させていました。

上海にはイギリスが阿片戦争の代価に土地を得て上海租界を作りました。
租界は欧米人の町でしたが、日本も日本租界となった虹口地域には多くの
日本人居留民が生活をしていました。

当時上海は極東一の大都市になっていましたが、軍閥が支配し、ギャング
や麻薬、娼婦の町で魔都とも呼ばれていた非常に危険なところだったの
です。当然日本軍は居留民を保護するために4千人の海軍陸戦隊を駐留さ
せていました。

支那事変の発端となった盧溝橋事件は中国共産軍が日本軍と蒋介石軍を
戦わすために仕掛けた罠でした。日本側がいくら隠忍自重、不拡大方針
をとっても、中共軍は日本人大虐殺の通州事件、上海事件といったテロ
事件を次々起こし、日本軍を大陸の泥沼に誘い込んで行きました。

中国共産党の後ろには日露戦争で復讐を誓ったスターリンが糸を引き、
蒋介石軍にはルーズベルトが肩入れしていました。アメリカは正規軍で
ある「フライング・タイガー」と名乗る300人の空軍兵士を送り、日本
軍に攻撃を加えています。

つまりこの段階でアメリカは対日戦争に突入していたのです。日本は
蒋介石の戦闘機がアメリカの援助であることは分かっていても、まさか
空軍兵士までアメリカ人が操縦しているなど夢にも思っていませんでした。

アメリカはやがて始めようとする日本戦に備えて蒋介石に肩入れし、大量
の武器弾薬を送って、日本軍を疲弊させるように持っていったのです。

つまり形として日本は中国大陸で蒋介石軍と中共軍の内戦に巻き込まれた
ように見えますが、実は前門の虎アメリカと後門の狼であるソ連と戦って
いた事になります。

ルーズベルトとスターリンは白人に刃向かう唯一の有色人種の国として
日本のことを憎悪していました。特にスターリンは日露戦争の敗北の怨み
を、いつか晴らそうと、虎視眈々と狙っていました。

アメリカは原子爆弾を投下し、焼夷弾で日本の大都会を焼土に、ソ連は
満州において終戦後武装解除し投降した日本軍や民間人に襲いかかり、捕虜
にし、その殆どを極寒の地・シベリアで満足な食料も与えず、シベリア鉄道
工事などに酷使しました。それは筆舌につくしがたい、地獄の日々でした。

捕虜の数は54万人以上そのうちソ連発表によれば死者6万にとなっていま
すがデタラメ極まる数字です。全滅した収容所も少なくないと言われてい
るのに約6万人であるはずがありません。

ソ連は、遺体の衣服を全て剥ぎ取って丸裸にした上で埋葬することも、火葬
することもなく、谷底に投げ捨てた、ソ連は人間としての尊厳を、とことん
まで踏みにじりました。

かくて支那事変は、日本が大陸に進んで侵略戦争を仕掛けたものでなく、
中共軍が蒋介石軍と日本軍を戦わすために、次々に各地で日本人殺傷の
ゲリラ事件を起こし、その鎮圧のために日本軍が大陸に進駐せざるを得なく
なった構図がわかっていただけたと思います。

この事実をもってしても左翼学者や進歩的文化人は日本を侵略国家.犯罪国
家と呼ぶのですか?もういい加減目を覚ましてください。

あれからすでに長い歳月が経ちました。しかし左翼思想にまみれた知識人た
ちは、相変わらず同じ歌を歌い続けています。彼らは歴史を知らずに無知
迷妄を続けるさまは,はた目にみるも無残で卑しい姿です。



(続きは次回にて)





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日本の戦争は全て自衛の為  近現代史NO41  9月3日(月)  


近現代史の旅41回目です。この旅も遂に40回を超えるとは我ながら
驚きです。6月1日から始まった旅は9月に突入してしまいました。
私の近現代史の旅は時系列に記述するところを、時代が時々前後して申
し訳なく思っています。

歴史上の事件は、突然起こったように見えますが、実はその前から準備
されているのです。日米開戦は日本の真珠湾攻撃から始まったように見え
ますが、日露戦争直後から既にアメリカは日米開戦の準備を始めています。

別の見方をすれば1853年のペリー率いる黒船が江戸湾浦賀に来航した時
から日米戦争は運命づけられていました。

アメリカは西欧先進諸国のアジアにおける植民地獲得競争に遅れていたが、
西欧との競争のためには太平洋航路の確立が必要であった。そこでまだ
手をつけられていない日本に目をつけました。

太平洋で盛んに捕鯨を操業していたアメリカは、太平洋での航海・捕鯨
での水、食料,薪の補給点としても日本がどうしても必要でした。

それではなぜアメリカはイギリスやフランスに先がけて日本に接近すること
ができたのか、それはちょうどその頃イギリスとフランスはトルコを援助し
てロシアと戦っていたからです。(クリミア戦争、1853~1856年)

しかしやがて両国はロシアの地中海進出の野望を砕き、幕末の日本に接近
してきました。イギリスは薩長連合を援助し、フランスは幕府を支援しま
した。

その後アメリカは日米修好通商条約(1858年)を最後に日本の前から姿を
消します。アメリカは南北戦争に突入し日本にかまっている余裕を失った
からです。

クリミア戦争に敗れたロシアは海への出口を失って、太平洋の不凍港を求め
て東北アジアへの進出を企てはじめました。幸いにも明治維新(1867年)に
よって既に明治政府が出来ていました。ロシアは弱小国家日本に対して千島
列島と樺太の領有権を主張して侵略してきました。日本は樺太を諦める代わ
りに千島列島全部の領有権をえました。(千島・樺太交換条約、1875年)

ロシアは満州から朝鮮半島に進出して日本の本土を虎視眈々と狙う計画
で動いています。日本はにわかに風雲急を告げてきました。

常にロシアと戦ってきたイギリスはロシアが日本で支配的地位を占める
ことは許しがたい。そこでイギリスはロシアと戦って日本を分割するより
日本を助け育てて、ロシアの防波堤にする方が良いと考えました。

ロシアは日本について何も知らないがイギリスは薩英戦争で日本と戦えば
非常に手ごわい相手であると知っていました。その後イギリスは義和団の
乱で日本軍の優秀さと規律正しい行動に感心し日英同盟(1902年)を結び
ます。もちろんそれだけではなく義和団の乱以来満州から撤兵しない狡い
ロシアを牽制する意味もありました。

日英同盟から2年後の1904年に日露戦争が勃発しました。イギリスは
ロシアと何回も戦ってその戦力と強さを知っているだけに、100%日本が
壊滅すると思っていました。

しかし簡単に日本が壊滅するのではなく、ロシアにそれなりの被害を与え
てから壊滅してくれればその後対ロシアとの戦いは有利になるとイギリス
は考えていました。そこでイギリスは中立を装いながら、諜報活動やその
他で間接的に日本を大いに助けました。

日本はイギリスの対ロシア政策の傀儡であることは百も承知していました。
しかしいずれロシアと戦うためにはイギリスの後ろ盾は心強いものでした。

日本は白人からの植民地化を避けるためには欧米列強と同じ土俵で生きる
以外に自衛の道はなかった。しかし欧米列強のように他国を侵略して植民
地化した国から搾取するなどの考えはこれポッチもありませんでした。

現に朝鮮を併合しても搾取するどころか日本から巨額の資金を投入して
朝鮮を近代化させています。台湾も満州も同じく近代化させるためにお金
も人も投入しています。欧米のように収奪だけが目的で侵略して植民地化
などしていません。

ところが戦後、有象無象の「反日的日本人」がウンカのごとく湧き出し、
日本の過去の戦争はすべて侵略戦争だと、多大の罪悪感を持つように、
国民を引きずりまわしてきました。欧米こそが真の侵略者であるところを
日本が侵略者にと、愚かな日本の学者は、論壇と言論界を占領して巧みに
すり替えてきたのです。

現代日本の危機は、作為で仕立て上げられた戦争犯罪国家というレッテル
を貼られたまま、未だに覚醒できずに60数年引きずっていることです。
おかげで占領憲法を変えることもできません。

日本の近現代史を調べれば調べる程、日本は明治維新以後、多くの偉業を
成し遂げ、日本だけでなく人類にも多大な貢献をした国であることがよく
分かります。



(今日は少し過去にさかのぼって もう一度確認するために記述して
みました。次回は支那事変の背後でうごめくアメリカの謀略を書くつもり
です。)



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