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中国、韓国の品格

中国や韓国と長くビジネスしたお陰で両国の品格が見えてきました。

両国にとってしゃくにさわることは、何千年間島国日本を下に見てきました、自分たちよりずっと遅れていると信じていた日本が明治維新によって、突然欧化政策を取り入れ素早く近代化に成功しました、そして

馬鹿にしていた日本に日清戦争で簡単に敗れ、その後世界一のバルテイック艦隊を日本海に葬り、ロシアに大勝しました。

しかし両国はその現実を直視せず、近代化に踏み出しませんでした、韓国は自らの力でなく日本の併合によって、近代化の仲間入りをしました。

白人世界では台頭する黄色人種日本を叩くべく,石油をストップして日本を戦争に引きずり込みました、資源の無い日本は勝てるはずも無く国土が焦土化してしまいました。

ところが20年足らずで戦後の荒廃から素早く立ち直りアジア初のオリンピックまで開いてしまったのです

日本はもう二度と立ち上がれないと喜んでいた中国、韓国両民にとって絶対に許せない事実なのです。

このときから自分たちの誇りを傷つけた日本を攻撃し始めました、自国民を反日教育し、歴史を捻じ曲げ、ことごとく日本にいんねんをつけ始めました。

なぜこうも屈折した精神を持つようになってしまったのか。

日本人と中国、韓国人の大きな違いは、日本人は、いつも自虐的に反省する事によって創新を生み出す事ができる、中国,韓国両民は、悪いのは他人のせいにして過ちを決して認めない人種なのです。


日本が繁栄するのは、自己反省や自浄能力が強いからです、表面的には弱弱しく見えるが、結果として国家としての尊厳を育てることになるのです。


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戒名について


スリランカの高僧 アーナンダの自室にて



前回の仏教哲学について賛同される人が以外に多くて時々仏教の疑問について素人なりに書いていきたいと思います。

今回は戒名について
戒名とは本来「仏教に殉じる道を選んだ人が出家する際に師から授かるもの」だったはずです、しかし現在では、金儲けを画策する坊主の道具になってしまいました戒名が無ければ死者が成仏できない、などというのは、許せない思いです。

戒名に上下をつけて高い戒名料をふっかけるなど言語道断です、
インドで釈迦が創始した仏教には戒名を与える制度や習慣など存在しません、
日本の仏教が「葬式仏教」「坊主丸儲け」の堕落に雪崩れを打って転落していく要因の一つです

坊主は基本的には税金を取られませんから坊主の資格と寺さえあれば一生安泰です世俗の人たちは、食べていくために本当に苦労しています、食べていく事に苦労しない我利我利亡者の坊主の意見など馬鹿らしくて誰も聞きません。


「僧が俗よりも俗」になった最大の原因は、明治政府が出した『僧侶の肉食・妻帯」を認めた事です、江戸時代なら『破壊坊主』として重罰になった所業が、平然とまかり通る事態になったのです。

スリランカのお坊さんも韓国のお坊さんも肉食も結婚も禁止しています、スリランカの一番の高僧アーナンダさんとお友達ですが、お話を聴けば聴くほど心洗われる思いがします、アーナンダさんと接すれば深い仏教哲学に触れ人格が磨かれます、

日本のお坊さんもスリランカに修行に行くべきです。
日本の仏教がもっとしっかりしないと
雨後の筍のように新興宗教が芽生え、民衆をおかしくさせます。

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仏教哲学

世界の揉め事の大半は、宗教が下敷きとなっている。
仏教以外の宗教、キリスト教、イスラム教,新興宗教も含めてだいたい教祖が神になっている、しかしお釈迦様だけが、私は神でない、人間だ、だから人間の苦しみがわかるとおっしゃった。

この事をもってしても仏教がいかに素晴らしいか分かる、世界最大の宗教キリスト教は、この世は、神が人のためだけに造ったなどという自分勝手な教えは、ついていけない。

その他の宗教も、非常に迷信的要素を多分にもっている、そして信仰が深まってくるとまるで、目が見えなくなってしまって排他的さえなる。つまり仏教以外の宗教は、信仰が進むと知恵がすっかりなくなってしまう。

信仰が強まるにしたがって、知恵というものを排斥して、盲目的になるのがもっと信仰的であるかのように考えてしまう。

そしてあやしい神に取り付かれて、自分の運命を全て神に頼ってしまう。

仏教は、もっと深い人間としての苦しみを教えてくれる哲学である。生きていくうえに逃げる事のできない,『死』『病』『老』、

仏教を勉強しなくても、お釈迦様の教えがしみこんだ日本に生まれたお陰で自然と身についている。

しかし現代のお坊様の堕落には愛想が尽きる、葬式仏教でしこたま金を稼ぎ、泣く泣く高い戒名料を払わされている庶民の心はどんどん仏教から離れていく、

本来は、庶民を教化する師でありながら、仏教哲学をまるで勉強せず庶民に馬鹿にされているようでは、日本から仏教が廃れていくようで心配です。

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心けがれて何ぞ袈裟をまとわん

私の母が非常に信仰心の厚い方でその影響で
一歳年上の姉がお寺に嫁ぎました、姉の3人の息子もお坊さんになりました、一人くらい世俗に居れば、少しくらいは世間が見えたものを、家族全員が袈裟をまとってしまいました。
若いころは、お坊さんというだけで尊敬もしましたし、お話もよく聞きました、しかし社会に出てサラリーマンを経験し、父の後をついで会社を経営して、いろんな苦労もしてみますと、お坊さんのお話があまりにも幼稚で、せめてお釈迦様の哲学一端でも話していただければ、死んだ母も勉強できたものを、

在家に生まれず寺院に生まれた方は、迷いや苦しみを体験せずしていつの間にか父の職業をついで袈裟をまとってしまう、

世間の目というものはつねにものの外側ばかりみています、袈裟をまとった姿を見て、「よいお坊さんになったと」ほめてくれる

法衣さえ着ていれば、年上であろうが地位が高かろうが、皆、頭を下げてくれる
そして生活の保障を受け、社会的地位が与えられる、

世俗の人間が生きていく事の多大な苦しみを知らず、世間知らずの講釈をたれても馬鹿にされるだけで聴いてくれるのは、女子供だけ、

「ただ、形さえ調えておればいいのだ.とりすましていれば食ってゆけるのだ」

内的訓練と修養を積まなくても、衣と、数珠と読経とだけでお坊さんになれる、

現代のお坊さんは、袈裟やお経をうらぎっている。

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