悪魔に魅入られたスリランカ  4月24日(水)


(今回は「NO3」としてトランプ大統領によってやっと目覚めた「中国幻想」
について考察してみます。)と予告しましたが、「スリランカ暴発290人死亡」
「邦人女性死亡」の記事を見て、急遽スリランカの記事に差し替えます。

というのはスリランカは私にとって縁の深い国だからです。
当初中国に工場を設置しましたが、1~2年後に中国に危険を感じて他の国
にも進出する必要に迫られ、スリランカに進出することになりました。

(スリランカ進出の経緯は私のブログの右にあるカテゴリー欄から「スリラ
ンカ」をクリックすれば分かっていただけると思います)

22日の記事によれば、「スリランカで21日、3カ所の教会や4カ所のホテル
など計8カ所で爆発があり、290人超が死亡、少なくとも500人が負傷した。
スリランカで大規模な攻撃が起きるのは10年前の内戦終結以来です。
21日はイエス・キリストの復活を祝う「イースター」に当たり、爆発が起き
た際、教会には礼拝の為に多くの人が集まっていた。 [コロンボ ロイター]

スリランカは1948年の独立以来、仏教徒を中心とする多数派のシンハラ人
と、ヒンズー教徒主体のタミル人との内戦が起き、2009年まで続いた。
内戦終結後はテロなど起こっていない。今回のテロはキリスト教会が標的
になっており、私が活動していたときに起こったテロとは全く異なるグループ
が関与したと思われる。

しかしタミル人がスリランカ政府を攻撃するなら理解できるが、少数派のキ
リスト教徒を攻撃するなど全く理解不可能です。
2012年の国勢調査によると、スリランカは国民の70%が仏教徒で、
12.6%がヒンズー教徒、9.7%がイスラム教徒、キリスト教徒は7.6%
となっています。

私が工場を動かしていた頃は日本はスリランカに毎年約150億円くらいの無
償援助をして、主に港の整備や新しく病院などを作っていた記憶があります。

私がスリランカを離れてから既に15年経っています。その間スリランカは
インフラ建設などを行うために中国から融資を受けたものの、借金が膨らみ、
返済不能になり、マッタラ空港やハンバントタ港などが中国に明渡さざるを
えなくなった。

返済しきれない負債を負わせることで、中国の経済、軍事、政治事情に従わ
せる、いわば中国債務トラップから抜け出せないようにする中国の戦略です。

私が活動していた頃の大統領はチャンドリカ・クマーラトゥンガ(1994~
2005)で高僧アーナンダ僧の紹介で大統領秘書を通じて本当に良くしていた
だいた。空き家になっていたイギリス人の工場を安く譲り受け一時は中国工
場より多く生産していた。

クマーラトゥンガ大統領は女性で2003年頃テロの襲撃を受け、乗っていた
車を爆破され片目を失った。私も高僧アーナンダさんの助言に従って一時
日本に帰ったが、結局永久にスリランカに帰ることはなかった。

クマーラトゥンガ大統領の後はマヒンダ・ラージャパクサが大統領に成った
が、中国の賄賂攻勢に負け、大統領の地元であるハンバントタ県に現地
経済にそぐわない港湾と空港が建設された。国内外で「インド洋の中国軍港
にさせられた」と評判になった。

その後「スリランカは中国の植民地ではない」と国民の強い反発を買い、
マイトリーパーラ・シリセーナ大統領が誕生し、すぐさま軍事開発と疑われ
中国資本によるコロンボ港整備工事を中止させたが、それも一時的で既に
再開を認めています。

インドは「スリランカの中国植民地化」に強い脅威と見て、返済をほぼ不可
能にする中国の「トラップ」の借金漬けの実情を各国に警笛を鳴らしています。

さて話を21日に起こった同時多発テロについてですが、多くのメディアは
イスラム過激派による襲撃と見ていますが、おかしな点が多くあります。

まずイスラム過激派の実行にしては事件から丸一日以上経っているのに
犯行声明が出ていない。連続テロは3つの教会と外国人が利用している高級
ホテルの4箇所です。今回のようなテロを実行するには豊富な資金、犯行の
訓練、情報収集能力など事前の連携が必要です。

このような大規模なテロが起こるとまず外国投資家が逃げ出します。外国投
資家を追い出したい国は中国しか考えられない。中国はスリランカを援助漬
けにして、自国の支配下において事実上の植民地に変える膨張主義戦略を
とっています。港湾は借金漬けの末、中国に運営権を奪われた。最大都市
コロンボは中国の沖合埋め立て事業が進む。

スリランカはアジアとヨーロッパを結ぶ中心であり、習近平の国家プロジェ
クトである巨大経済圏構想「一帯一路」の中心国家です。この国を支配す
ることは「一帯一路」の成功の鍵を握っています。

そのために邪魔な外国人を追い出すために彼らの泊まる一流ホテルを爆破、
自分たちの犯行を隠すために、弱体化し、ばらばらになったIS(イスラム過
激派組織)に金をやり利害の一致するキリスト教会を爆破、この結果すべて
のメディアは「背後にイスラム過激派の影」を想像させた。

つまりスリランカは2009年内戦が終結し、その後はテロがなく、外人投資家
も増え、観光客も増え続けていた。このような平和の状態が、スリランカ完全
支配を目論む中国にとって非常に都合が悪かった。

だから平和と経済成長を感じていた人々の心をテロによって砕き、国民が
中国を頼らざるを得ないように仕向けたのではないかと思われます。

このように推測するのは少し無理があるような気がしまが、習近平なら
やりかねません。



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神秘な国「スリランカ」     1月30日(金)


今日は思いで深いスリランカの事を書いて見ます。昨日の私の文章だけ
読めば内戦で荒廃した悲惨な国と勘違いされてしまいます。

そこで今日はもう一度、エキゾチックで多彩な自然の宝庫である
スリランカについて書いてみます。

内戦はおもに北の方が中心で南部は全く平和で毎日の生活にはなんの
支障もありません。

エアランカ航空の直行便でこの地に降り立った時からへそ曲がり以外は
かならずこの国に恋してしまいます。

青い空、澄んだ海、白いビーチ、特にピラミッドと肩を並べる遺跡群、
巨大にして繊細な彫刻が施された石造建築物を見れば思わず息を
呑みます。

人々は思いやりと慈悲心に満ちたおだやかな仏教信者です。
仏像や寺院を中心に2000年以上の歴史があり、シンハリ族の古代王朝
の繁栄の面影を今に残しています。

こんな小さな島(北海道の約80%)なのに世界的文化遺産に出会えて
過ぎ去りし歴史の深みに自然に、はまり込んでしまいます。

スリランカ一のコロンボ市内にも地方でも必ずお釈迦様に出会い
おもわず手を合わしてしまいます。

スリランカの人口は約1800万人、識字率は90%、南アジアにおいては
自由経済政策をもっとも早く取り入れた国です。
今インド経済の発展が注目されていますが、内戦が終結したスリランカ
は今後インド経済と連動して猛烈な勢いで発展していくと思います。

内戦のために投資家は敬遠していましたが、スリランカは地理的に見て
立地条件が非常に有利な位置にあります。(インド洋の真中)

日本の新婚さんはスリランカを飛ばして何もないモルジブへ行きますが、
スリランカの旅は一生の思い出を大切にしまっておける宝石箱になります。

野生のゾウが数頭水浴びをしている光景をたった数メートルの近くで
見た興奮や、古代王朝の都キャンディーで100頭以上ものゾウが行進
する壮大なお祭り、アジア一古いゴルフ場でのプレイ、山腹に広がる
茶畑、イギリスにあるような古風なコテージ、そこで頂く砂糖のいら
ない甘みのある紅茶、

こんな小さな島なのに 幸せでいっぱいになってしまいます。

今日のブログは まるでスリランカ観光カタログです!!



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スリランカの悲劇     1月29日(木)


「スリランカ軍、最後のLTTE拠点進攻(ニューデリー26日)」

上記の記事を見て、誰も関心を持たないと思いますが、以前
スリランカで経済活動をしていた私にとっては目が釘付けになって
しまいました。

15年以上前にスリランカの高僧アーナンダ氏のご縁でスリランカに
投資をしていました。当時活動しているコロンボ市内では内戦の影響は
なくて治安は安定していました。

ところが常宿のヒルトンホテルが自爆テロで爆破され、60数名が
なくなりました。私はスリランカ出張の5日前で幸いにも難を
逃れることができました。

その後も中央銀行の爆破で100人近くが亡くなり、続いて列車爆破で
70人死亡し、約800人が負傷しました。

翌年政府軍は大規模な反攻作戦を開始しましたが、ところが各地で敗北
を繰り返していました。この状況だと私が拠点にしているコロンボ市内
も危ういと感じて スリランカから一切手を引いてしまいました。

帰国してからも、現地から情報を常にもらっていました。日本の新聞で
は、あまりスリランカの記事は載りません。
帰国直後にコロンボ・マラダーナ駅で自爆テロ、コロンボ集会で爆破、
石油基地爆破など、とても再開する気も起こりませんでした。

1999年「チャンドリカ・クマラツンガ大統領テロの襲撃で負傷」の
記事が日本の新聞に載り気持ちが落ち込んでしまいました。

といいますのは、大統領とは高僧アーナンダ氏の引き合わせで大統領
官邸に呼ばれて、拝謁させていただき、その後も秘書官を通じて
便宜を図ってもらっていました。

1996年に日本訪問の時も拝謁をたまわり、その凛とした気品と
優しい笑顔に圧倒されてしまいました。ちなみに大統領は女性です。
彼女はスリランカ屈指の良家の出です。

大統領の両親は共に首相経験者、父は59年に暗殺、映画俳優でSLMP
総裁の夫も父親同様に過激派に暗殺されました。

94年に圧倒的な得票率で大統領に選出され、96年に始めて訪日され
ました。訪日当時はまだ40歳後半、美人で魅力的な人でした。

この魅力的な大統領が「テロの攻撃で負傷」との記事で。現地に
電話して聞きましたら「集会場から車に乗るときに大統領を狙った
自爆テロが会場を爆破した、大統領は失明された。」

お顔も損傷されたのではないかと心配で胸が潰れる思いでした。

そして26日久しぶりにスリランカの記事を目にしました。
内容は「スリランカ政府軍、LTTE(イーラム解放のトラ)の最後の
拠点を制圧、LTTE掃討の任務は95%を完了,戦闘がほぼ終結
したと宣言した。」

あの弱い政府軍がやっと勝ったのです。現在の大統領のお名前も知り
ませんが、大統領が代われば終結も早まります。

スリランカの内戦は、南部に定住しているシンハラ人と19世紀に
イギリスがプランテーションのためにつれてきたインドタミル人との
武力抗争です。

タミル人の要求は北部一帯と島の両側海岸沿いの一帯の一部を
要求して独立を主張しています、
後からやってきて異民族にしては要求が強欲すぎます。元々の住民で
あるシンハラ人が納得するはずがない。

しかもシンハラ人は人口の70%、インドタミル人はわずか20%足らず
です。例によって宗教が違います、タミル人はヒンズー教徒、シンハラ
人は仏教徒、残りはイスラム教徒です。

なぜ政府軍がいつも劣勢だったか、それはタミル人のバックにはインド
政府が援助しています、そのうえ世界に散らばっている成功したタミル
人たちやヒンズー教徒たちから資金援助を受けており、初期の頃は
中国とも連携していたとの噂もありました。

それに比べて政府軍は武器も旧式で戦闘なれしていませんでした。
2003年世界中の70カ国代表が東京に集まり、和平調停の会議が
開かれました。優しい日本政府はLTTEが欠席したにもかかわらず
双方に日本の血税1千億円の復興支援を決定しました。

しかしこの資金は双方の武器購入に使われ2004年に闘争を開始。
双方どちらかが消滅しないかぎり停戦合意は単なる時間稼ぎにしか
すぎません。

スリランカは過去何回も停戦合意をしていますが直ぐに闘争が再開
します。世界においても一方が完全降伏か または消滅しないかぎり
無期限停戦など守られたためしはありません。

中東和平もしかり、オバマは「スマートパワー」を掲げて国際社会を
巻き込んで中東やアフガンで外交を成功させようとしていますが、
無理なようなきがします。

こんかいスリランカ政府軍が勝利を収めたのはおそらく甘い和平など
に頼らずに徹底してLTTEに攻撃を断行したからだと思います。

こんご「タミル・解放のトラ」は住民を盾にゲリラ戦を展開すると
思われますが、政府軍は住民被害を恐れて手を緩めれば、また再び
LTTEは力をつけてきます。

国際非難を恐れずに住民被害には目を瞑って徹底してLTTEを
消し去るべきです。優しさはかえって被害を大きくし戦争も長引き
ます。

世界の紛争で政治的解決や、話し合い説得がいかにむなしいことか!

人間は学習を積まない動物なのです。現実と理想の乖離を埋める妥協が
苦手な動物なのです。




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心優しい仏教の国 スリランカ NO 7

青い空、輝く太陽,澄んだ海、温暖で熱帯の気候に恵まれたスリランカ。

島のまわりは、青い海と、ココ椰子の木にふちどられ、黄金色に輝くビーチが長く続き、人影もまばら、美しい湾に、熱帯魚の住む珊瑚礁、

ゾウなどの野生の保護地域、目の前で野生のゾウの水浴びを見ることが出来る大自然の豊かさにあふれた国

仏像や寺院を中心にした古代文明の遺跡、それらの世界的文化遺産に出会える魅力

人々は仏教思想にもとずいた、あらゆる生けるものへの慈悲心と思いやりの古い教えが今もなお伝統として残っている国

また、スリランカの沖積土から取れる宝石、ルビー、サファイア、キャツアイ
アレクサンドル、トパーズ、アメジスト、宝石の国スリランカ、

赤色の巨大石の壁に描かれたスギリヤの魅惑的な乙女達、

小さな輝ける宝石の島スリランカ、


イギリス人がお茶摘みのためインドからつれてきたタミール人の子孫とシンハラ人との民族紛争、ヒンドウー教と仏教徒、

74%の穏やかな仏教徒と少数のヒンドウー教徒の内紛の悲劇
まったく仲良くする気のないヒンドウー教徒のタミール人、

どこへ行く幸福の輝ける島、「スリランカ」


       欲望と怒りと無知を海に捨て
            共の歩まん天国の島
        
             


       椰子の木と沙羅双樹とゾウの群れ
              よき人たちの御仏の国

       高僧の教えに触れるこの旅は
              思い出深き徳の始まり



          
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心優しい仏教の国 スリランカ NO 6

(その後スリランカに来るたびに、不思議と疲れ切った心身を癒してくれます)
からの続き


かってセイロンという名で知られた国、スリランカは、インド洋に落ちた小さなひとしずくの涙のようにみえます。しかし実際は、北海道を一回り小さくしたくらいの面積があります。

スリランカの歴史は、仏教が生まれ文化が花開いた二千年の昔に始まります。
この仏教伝来の影響で生活様式が洗練され、芸術が育まれ、寺院,僧院、仏像をはじめ、数多くの建造物が、現存されています。

約2500年前、仏教は「インドに生まれた一人の優れた人間」お釈迦様「ブッダ」によって生まれました。

スリランカは、今もなお仏教はその純粋なかたちをとどめています、平和と寛容という仏教の教義は、スリランカ人の穏やかな国民性にふかく根ざしています。

日本の仏教は、中国を通って来ました、結果中国の儒教と道教の思想に同化吸収され純粋な仏教哲学が薄められてしまいました。

スリランカの多くの寺院で祭られているのは、「お釈迦様」だけ、このあたりまえのことが日本では、日蓮宗は日蓮上人、浄土宗は法然上人、その他全ての宗派は開祖が祭られている、彼らは仏教の伝道者にすぎない、本来祭られるべきは『お釈迦様」でなければならない。

インドから長い曲折を経て日本に伝わったために、仏教哲学の解釈の違いが多くの宗派を生んだ要因かもしれない。

スリランカでアーナンダ僧のお話を聴き、仏教哲学の素朴な新鮮さに触れ、その深さに心打たれました。

戦後の昭和二十六年、サンフランシスコで平和条約が締結された際、スリランカの代表は仏教哲学を引用して「怨みは怨みをもっては消せない、愛を持って初めて消せる」と日本への賠償請求権を放棄しました。

スリランカ人の精神は仏教精神と一体となっています。

日本の仏教精神がだんだん薄れていくのは、金儲けしか考えない僧侶を長く見続けたせいかもしれません。

    遠き国ブッダの
       教えに導かれ
    真理の道に
       一歩踏み出す。


    我々がなくしたものを見つけたり
           まことの道と優しき心。
             



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