スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

神秘な国「スリランカ」     1月30日(金)


今日は思いで深いスリランカの事を書いて見ます。昨日の私の文章だけ
読めば内戦で荒廃した悲惨な国と勘違いされてしまいます。

そこで今日はもう一度、エキゾチックで多彩な自然の宝庫である
スリランカについて書いてみます。

内戦はおもに北の方が中心で南部は全く平和で毎日の生活にはなんの
支障もありません。

エアランカ航空の直行便でこの地に降り立った時からへそ曲がり以外は
かならずこの国に恋してしまいます。

青い空、澄んだ海、白いビーチ、特にピラミッドと肩を並べる遺跡群、
巨大にして繊細な彫刻が施された石造建築物を見れば思わず息を
呑みます。

人々は思いやりと慈悲心に満ちたおだやかな仏教信者です。
仏像や寺院を中心に2000年以上の歴史があり、シンハリ族の古代王朝
の繁栄の面影を今に残しています。

こんな小さな島(北海道の約80%)なのに世界的文化遺産に出会えて
過ぎ去りし歴史の深みに自然に、はまり込んでしまいます。

スリランカ一のコロンボ市内にも地方でも必ずお釈迦様に出会い
おもわず手を合わしてしまいます。

スリランカの人口は約1800万人、識字率は90%、南アジアにおいては
自由経済政策をもっとも早く取り入れた国です。
今インド経済の発展が注目されていますが、内戦が終結したスリランカ
は今後インド経済と連動して猛烈な勢いで発展していくと思います。

内戦のために投資家は敬遠していましたが、スリランカは地理的に見て
立地条件が非常に有利な位置にあります。(インド洋の真中)

日本の新婚さんはスリランカを飛ばして何もないモルジブへ行きますが、
スリランカの旅は一生の思い出を大切にしまっておける宝石箱になります。

野生のゾウが数頭水浴びをしている光景をたった数メートルの近くで
見た興奮や、古代王朝の都キャンディーで100頭以上ものゾウが行進
する壮大なお祭り、アジア一古いゴルフ場でのプレイ、山腹に広がる
茶畑、イギリスにあるような古風なコテージ、そこで頂く砂糖のいら
ない甘みのある紅茶、

こんな小さな島なのに 幸せでいっぱいになってしまいます。

今日のブログは まるでスリランカ観光カタログです!!



ffff ← クリックしてもらえると励みになります。
スポンサーサイト

スリランカの悲劇     1月29日(木)


「スリランカ軍、最後のLTTE拠点進攻(ニューデリー26日)」

上記の記事を見て、誰も関心を持たないと思いますが、以前
スリランカで経済活動をしていた私にとっては目が釘付けになって
しまいました。

15年以上前にスリランカの高僧アーナンダ氏のご縁でスリランカに
投資をしていました。当時活動しているコロンボ市内では内戦の影響は
なくて治安は安定していました。

ところが常宿のヒルトンホテルが自爆テロで爆破され、60数名が
なくなりました。私はスリランカ出張の5日前で幸いにも難を
逃れることができました。

その後も中央銀行の爆破で100人近くが亡くなり、続いて列車爆破で
70人死亡し、約800人が負傷しました。

翌年政府軍は大規模な反攻作戦を開始しましたが、ところが各地で敗北
を繰り返していました。この状況だと私が拠点にしているコロンボ市内
も危ういと感じて スリランカから一切手を引いてしまいました。

帰国してからも、現地から情報を常にもらっていました。日本の新聞で
は、あまりスリランカの記事は載りません。
帰国直後にコロンボ・マラダーナ駅で自爆テロ、コロンボ集会で爆破、
石油基地爆破など、とても再開する気も起こりませんでした。

1999年「チャンドリカ・クマラツンガ大統領テロの襲撃で負傷」の
記事が日本の新聞に載り気持ちが落ち込んでしまいました。

といいますのは、大統領とは高僧アーナンダ氏の引き合わせで大統領
官邸に呼ばれて、拝謁させていただき、その後も秘書官を通じて
便宜を図ってもらっていました。

1996年に日本訪問の時も拝謁をたまわり、その凛とした気品と
優しい笑顔に圧倒されてしまいました。ちなみに大統領は女性です。
彼女はスリランカ屈指の良家の出です。

大統領の両親は共に首相経験者、父は59年に暗殺、映画俳優でSLMP
総裁の夫も父親同様に過激派に暗殺されました。

94年に圧倒的な得票率で大統領に選出され、96年に始めて訪日され
ました。訪日当時はまだ40歳後半、美人で魅力的な人でした。

この魅力的な大統領が「テロの攻撃で負傷」との記事で。現地に
電話して聞きましたら「集会場から車に乗るときに大統領を狙った
自爆テロが会場を爆破した、大統領は失明された。」

お顔も損傷されたのではないかと心配で胸が潰れる思いでした。

そして26日久しぶりにスリランカの記事を目にしました。
内容は「スリランカ政府軍、LTTE(イーラム解放のトラ)の最後の
拠点を制圧、LTTE掃討の任務は95%を完了,戦闘がほぼ終結
したと宣言した。」

あの弱い政府軍がやっと勝ったのです。現在の大統領のお名前も知り
ませんが、大統領が代われば終結も早まります。

スリランカの内戦は、南部に定住しているシンハラ人と19世紀に
イギリスがプランテーションのためにつれてきたインドタミル人との
武力抗争です。

タミル人の要求は北部一帯と島の両側海岸沿いの一帯の一部を
要求して独立を主張しています、
後からやってきて異民族にしては要求が強欲すぎます。元々の住民で
あるシンハラ人が納得するはずがない。

しかもシンハラ人は人口の70%、インドタミル人はわずか20%足らず
です。例によって宗教が違います、タミル人はヒンズー教徒、シンハラ
人は仏教徒、残りはイスラム教徒です。

なぜ政府軍がいつも劣勢だったか、それはタミル人のバックにはインド
政府が援助しています、そのうえ世界に散らばっている成功したタミル
人たちやヒンズー教徒たちから資金援助を受けており、初期の頃は
中国とも連携していたとの噂もありました。

それに比べて政府軍は武器も旧式で戦闘なれしていませんでした。
2003年世界中の70カ国代表が東京に集まり、和平調停の会議が
開かれました。優しい日本政府はLTTEが欠席したにもかかわらず
双方に日本の血税1千億円の復興支援を決定しました。

しかしこの資金は双方の武器購入に使われ2004年に闘争を開始。
双方どちらかが消滅しないかぎり停戦合意は単なる時間稼ぎにしか
すぎません。

スリランカは過去何回も停戦合意をしていますが直ぐに闘争が再開
します。世界においても一方が完全降伏か または消滅しないかぎり
無期限停戦など守られたためしはありません。

中東和平もしかり、オバマは「スマートパワー」を掲げて国際社会を
巻き込んで中東やアフガンで外交を成功させようとしていますが、
無理なようなきがします。

こんかいスリランカ政府軍が勝利を収めたのはおそらく甘い和平など
に頼らずに徹底してLTTEに攻撃を断行したからだと思います。

こんご「タミル・解放のトラ」は住民を盾にゲリラ戦を展開すると
思われますが、政府軍は住民被害を恐れて手を緩めれば、また再び
LTTEは力をつけてきます。

国際非難を恐れずに住民被害には目を瞑って徹底してLTTEを
消し去るべきです。優しさはかえって被害を大きくし戦争も長引き
ます。

世界の紛争で政治的解決や、話し合い説得がいかにむなしいことか!

人間は学習を積まない動物なのです。現実と理想の乖離を埋める妥協が
苦手な動物なのです。




ffff ← クリックしてもらえると励みになります。

心優しい仏教の国 スリランカ NO 7

青い空、輝く太陽,澄んだ海、温暖で熱帯の気候に恵まれたスリランカ。

島のまわりは、青い海と、ココ椰子の木にふちどられ、黄金色に輝くビーチが長く続き、人影もまばら、美しい湾に、熱帯魚の住む珊瑚礁、

ゾウなどの野生の保護地域、目の前で野生のゾウの水浴びを見ることが出来る大自然の豊かさにあふれた国

仏像や寺院を中心にした古代文明の遺跡、それらの世界的文化遺産に出会える魅力

人々は仏教思想にもとずいた、あらゆる生けるものへの慈悲心と思いやりの古い教えが今もなお伝統として残っている国

また、スリランカの沖積土から取れる宝石、ルビー、サファイア、キャツアイ
アレクサンドル、トパーズ、アメジスト、宝石の国スリランカ、

赤色の巨大石の壁に描かれたスギリヤの魅惑的な乙女達、

小さな輝ける宝石の島スリランカ、


イギリス人がお茶摘みのためインドからつれてきたタミール人の子孫とシンハラ人との民族紛争、ヒンドウー教と仏教徒、

74%の穏やかな仏教徒と少数のヒンドウー教徒の内紛の悲劇
まったく仲良くする気のないヒンドウー教徒のタミール人、

どこへ行く幸福の輝ける島、「スリランカ」


       欲望と怒りと無知を海に捨て
            共の歩まん天国の島
        
             


       椰子の木と沙羅双樹とゾウの群れ
              よき人たちの御仏の国

       高僧の教えに触れるこの旅は
              思い出深き徳の始まり



          
ポチっとクリックしてもらえると励みになります。

    

心優しい仏教の国 スリランカ NO 6

(その後スリランカに来るたびに、不思議と疲れ切った心身を癒してくれます)
からの続き


かってセイロンという名で知られた国、スリランカは、インド洋に落ちた小さなひとしずくの涙のようにみえます。しかし実際は、北海道を一回り小さくしたくらいの面積があります。

スリランカの歴史は、仏教が生まれ文化が花開いた二千年の昔に始まります。
この仏教伝来の影響で生活様式が洗練され、芸術が育まれ、寺院,僧院、仏像をはじめ、数多くの建造物が、現存されています。

約2500年前、仏教は「インドに生まれた一人の優れた人間」お釈迦様「ブッダ」によって生まれました。

スリランカは、今もなお仏教はその純粋なかたちをとどめています、平和と寛容という仏教の教義は、スリランカ人の穏やかな国民性にふかく根ざしています。

日本の仏教は、中国を通って来ました、結果中国の儒教と道教の思想に同化吸収され純粋な仏教哲学が薄められてしまいました。

スリランカの多くの寺院で祭られているのは、「お釈迦様」だけ、このあたりまえのことが日本では、日蓮宗は日蓮上人、浄土宗は法然上人、その他全ての宗派は開祖が祭られている、彼らは仏教の伝道者にすぎない、本来祭られるべきは『お釈迦様」でなければならない。

インドから長い曲折を経て日本に伝わったために、仏教哲学の解釈の違いが多くの宗派を生んだ要因かもしれない。

スリランカでアーナンダ僧のお話を聴き、仏教哲学の素朴な新鮮さに触れ、その深さに心打たれました。

戦後の昭和二十六年、サンフランシスコで平和条約が締結された際、スリランカの代表は仏教哲学を引用して「怨みは怨みをもっては消せない、愛を持って初めて消せる」と日本への賠償請求権を放棄しました。

スリランカ人の精神は仏教精神と一体となっています。

日本の仏教精神がだんだん薄れていくのは、金儲けしか考えない僧侶を長く見続けたせいかもしれません。

    遠き国ブッダの
       教えに導かれ
    真理の道に
       一歩踏み出す。


    我々がなくしたものを見つけたり
           まことの道と優しき心。
             



 ブログランキングに参加しています。よろしければクリックお願いします。


【“心優しい仏教の国 スリランカ NO 6”の続きを読む】

心優しい仏教の国 スリランカ  NO 5


(三年後に大統領官邸に招待されて拝謁できるとは夢にも思わなかった)からの続き


政治的考察は後にして、感動の遺跡めぐりを書きたいと思います。

様々な文化、宗教、儀式、芸術がモザイク状に折り重なった国、エキゾチックなこの国のどこを訪れても、ワクワクします。

アーナンダさんの案内で行ったのは、三箇所ですが、その後10年間スリランカでのビジネスが定着、合間を縫ってほとんどの遺跡をめぐりました。

今日はお釈迦様の歯や遺品が収められている「歯の寺院」の話、
その寺院は最後のシンハラ王朝の栄えた都市キャンデイーにあります。
湖を前にして荘厳にそびえていました、

最初そばで拝見したとき、何故か自然に手を合わしていました。

アーナンダさんの誘導で、一般人は入れない、お釈迦様の歯を祭ってある別室に通されました、そこは小さな部屋でお釈迦様の歯が宝石で飾られた立派な箱に収められていました、アーナンダさんは澄んだ声でお経を唱え始めた、突然心が震え涙をこぼしてしまいました。

私は仏教徒ですが別に熱心な信者でもなく、日本でもお寺に行くわけでもなく家が日蓮宗なだけで、普通の仏教徒、何故心が震えたのか?

アーナンダさんにそっと聞いてみました。
「辻本さんはきっと仏教と縁が深い方だと思います、偶然にここへ来たのではなく来るべくしてここへ来たのです、心が震えたのも当然です」

その後スリランカに来るたびに,不思議と疲れ切った心身を癒してくれます。


朝もやに光輝く仏歯寺は、
    ブッダの心衆に広めん

    








 ブログランキングに参加しています。よろしければクリックお願いします。


著書

辻本貴一の本 辻本貴一の本

ブログランキング

人気ブログランキングに参加しています。 ↓クリックすると投票されます。

励みになるのでお越しいただいたときはクリックしてもらえるとうれしいです。
 m(_ _)m         ⇒ランキングを見る

スポンサー

おすすめの書籍

最近の記事

最近のコメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。