心優しい仏教の国 スリランカ NO 7

青い空、輝く太陽,澄んだ海、温暖で熱帯の気候に恵まれたスリランカ。

島のまわりは、青い海と、ココ椰子の木にふちどられ、黄金色に輝くビーチが長く続き、人影もまばら、美しい湾に、熱帯魚の住む珊瑚礁、

ゾウなどの野生の保護地域、目の前で野生のゾウの水浴びを見ることが出来る大自然の豊かさにあふれた国

仏像や寺院を中心にした古代文明の遺跡、それらの世界的文化遺産に出会える魅力

人々は仏教思想にもとずいた、あらゆる生けるものへの慈悲心と思いやりの古い教えが今もなお伝統として残っている国

また、スリランカの沖積土から取れる宝石、ルビー、サファイア、キャツアイ
アレクサンドル、トパーズ、アメジスト、宝石の国スリランカ、

赤色の巨大石の壁に描かれたスギリヤの魅惑的な乙女達、

小さな輝ける宝石の島スリランカ、


イギリス人がお茶摘みのためインドからつれてきたタミール人の子孫とシンハラ人との民族紛争、ヒンドウー教と仏教徒、

74%の穏やかな仏教徒と少数のヒンドウー教徒の内紛の悲劇
まったく仲良くする気のないヒンドウー教徒のタミール人、

どこへ行く幸福の輝ける島、「スリランカ」


       欲望と怒りと無知を海に捨て
            共の歩まん天国の島
        
             


       椰子の木と沙羅双樹とゾウの群れ
              よき人たちの御仏の国

       高僧の教えに触れるこの旅は
              思い出深き徳の始まり



          
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心優しい仏教の国 スリランカ NO 6

(その後スリランカに来るたびに、不思議と疲れ切った心身を癒してくれます)
からの続き


かってセイロンという名で知られた国、スリランカは、インド洋に落ちた小さなひとしずくの涙のようにみえます。しかし実際は、北海道を一回り小さくしたくらいの面積があります。

スリランカの歴史は、仏教が生まれ文化が花開いた二千年の昔に始まります。
この仏教伝来の影響で生活様式が洗練され、芸術が育まれ、寺院,僧院、仏像をはじめ、数多くの建造物が、現存されています。

約2500年前、仏教は「インドに生まれた一人の優れた人間」お釈迦様「ブッダ」によって生まれました。

スリランカは、今もなお仏教はその純粋なかたちをとどめています、平和と寛容という仏教の教義は、スリランカ人の穏やかな国民性にふかく根ざしています。

日本の仏教は、中国を通って来ました、結果中国の儒教と道教の思想に同化吸収され純粋な仏教哲学が薄められてしまいました。

スリランカの多くの寺院で祭られているのは、「お釈迦様」だけ、このあたりまえのことが日本では、日蓮宗は日蓮上人、浄土宗は法然上人、その他全ての宗派は開祖が祭られている、彼らは仏教の伝道者にすぎない、本来祭られるべきは『お釈迦様」でなければならない。

インドから長い曲折を経て日本に伝わったために、仏教哲学の解釈の違いが多くの宗派を生んだ要因かもしれない。

スリランカでアーナンダ僧のお話を聴き、仏教哲学の素朴な新鮮さに触れ、その深さに心打たれました。

戦後の昭和二十六年、サンフランシスコで平和条約が締結された際、スリランカの代表は仏教哲学を引用して「怨みは怨みをもっては消せない、愛を持って初めて消せる」と日本への賠償請求権を放棄しました。

スリランカ人の精神は仏教精神と一体となっています。

日本の仏教精神がだんだん薄れていくのは、金儲けしか考えない僧侶を長く見続けたせいかもしれません。

    遠き国ブッダの
       教えに導かれ
    真理の道に
       一歩踏み出す。


    我々がなくしたものを見つけたり
           まことの道と優しき心。
             



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心優しい仏教の国 スリランカ  NO 5


(三年後に大統領官邸に招待されて拝謁できるとは夢にも思わなかった)からの続き


政治的考察は後にして、感動の遺跡めぐりを書きたいと思います。

様々な文化、宗教、儀式、芸術がモザイク状に折り重なった国、エキゾチックなこの国のどこを訪れても、ワクワクします。

アーナンダさんの案内で行ったのは、三箇所ですが、その後10年間スリランカでのビジネスが定着、合間を縫ってほとんどの遺跡をめぐりました。

今日はお釈迦様の歯や遺品が収められている「歯の寺院」の話、
その寺院は最後のシンハラ王朝の栄えた都市キャンデイーにあります。
湖を前にして荘厳にそびえていました、

最初そばで拝見したとき、何故か自然に手を合わしていました。

アーナンダさんの誘導で、一般人は入れない、お釈迦様の歯を祭ってある別室に通されました、そこは小さな部屋でお釈迦様の歯が宝石で飾られた立派な箱に収められていました、アーナンダさんは澄んだ声でお経を唱え始めた、突然心が震え涙をこぼしてしまいました。

私は仏教徒ですが別に熱心な信者でもなく、日本でもお寺に行くわけでもなく家が日蓮宗なだけで、普通の仏教徒、何故心が震えたのか?

アーナンダさんにそっと聞いてみました。
「辻本さんはきっと仏教と縁が深い方だと思います、偶然にここへ来たのではなく来るべくしてここへ来たのです、心が震えたのも当然です」

その後スリランカに来るたびに,不思議と疲れ切った心身を癒してくれます。


朝もやに光輝く仏歯寺は、
    ブッダの心衆に広めん

    








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可哀そうな国スリランカ (NO 4)

(日本大使館は、民間人に冷たいだけでなんの役にもたたない)からの続き

専門のガイドと回るつもりが、アーナンダさんが直接ホテルにやって来た、
「私が案内します、時間が限られていますので、効率よく案内します」

『内戦に巻き込まれなければ、何処でもいいです』
「戦争は,北のタミール人と南のシンハラ人の戦いです,戦闘地域は北部でこれから行く地域は平和な南部です」

車中でアーナンダさんにスリランカの事情を聴く、

人口1800万人、国土面積6万5千平方キロメートル(北海道の約80%)
シンハラ人74%、タミール人18%、その他8%
シンハラ人は仏教徒、タミール人はヒンドウー教徒

シンハラ人はもともとの原住民、タミール人はイギリスが紅茶のプランテーションのためインドから連れてきた人たちの子孫、人種も宗教もまったく違う人達、戦争の原因が見えてきたような気がした・・・?

北部を支配しているタミール人の要求は、独立、政府側から見れば、この小さな島を半分取られるなんて許せない、タミール人はイギリス人がインドからつれてきた奴隷の子孫、要求が無茶苦茶、

北部は紅茶の栽培以外なんの産業もない、スリランカは戦後イギリスから独立、イギリス人が帰ってしまった、南部のシンハラ人より貧乏、

貧乏なため教育制度が整っていない、スリランカの公用語は英語、長くイギリス人の植民地だったため、南部のシンハリ人の半分は英語が話せる

政府の役人や企業家達は、英語が話せない人は雇えない、英語が話せないタミール人は、必然的に最下層に落としこめられる、その不満が爆発した。

『しかし貧しいタミール人がどうして武器を手に入れるのですか』と質問
「スリランカを出て金持ちになったタミール人から援助がある、インドも一時多額の援助をしていたが世界から批判されて、現在はやめている、」

戦争には裏と表がある、マスコミが報道するのは表側、大義名分の裏でしこたま儲けるやつが必ずいる、

『北が独立してもやっていけると思えない,幹部連中は本気で独立を望んでいるのですか、戦闘も一年で一回だけ定期的に派手にやる後はまったく何もない、おかしいと思いませんか』

アーナンダさんは困ったような顔で「私にはよく分かりません

『内戦のために国の発展が阻害される、クマーラツウンガ大統領は、お気の毒です。』
     
(クマーラツウンガ大統領の経歴)

氏名:チャンドリカ・バンダラナイケ・クマーラトウンガ (女性)
生年月日:1945年6月29日 パリ大学政治学卒業、
両親とも首相経験者、父は59年に暗殺、母は世界初の女性首相、
夫は、父同様に過激派に暗殺 

スリランカ屈指の良家の次女 なかなかの美人である
三年後に大統領官邸に招待されて拝謁できるとは夢にも思わなかった


遺跡の旅を書くつもりが横道にそれてしまった、次回は遺跡の旅を書きます

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美しくて、不思議な国スリランカ (NO 3)

(連絡先を書いたメモを渡され行かざる羽目になってしまった)からの続き

アーナンダさんが帰ってから数日後、会社に電話、『いついらっしゃいますか、日にちが決まれば準備します、一ヶ月後は雨季に入ります、早いほうがいいですよ』

電話をもらって十日後に魅入られたように出発。

後日分かったことだが、雨季のためではなく、内戦で空港が閉鎖される可能性がある、そのために急かしたらしい

今回は事前に電話で「仏教遺跡を見たい、最後の日にジェトロの事務所に行きます政治家に会うのは次回にしてほしい」

日本のジェトロとはありがたい組織で、どんな小さな国にも設置されていて、企業家にとってその国の情報が的確に知ることができる、日本の大使館は、民間人に冷たいだけでなんの役にもたたない。


次回はスリランカ仏教遺跡の旅

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