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国父と尊敬されている孫文の正体    6月1日(水)

前回の続き
台湾で蔡英文主席が大14代総統に就任し、その際「国父・孫文」の肖像を前
に就任を宣誓しました。と記述されていますが、なぜ台湾でも中国でも孫文
を国父として尊敬されているのか、不思議です。

はっきり言います。孫文は権力欲の塊であり,なをかつ天下の詐欺師です。
台湾人も中国人たちも、あたかも聖人君子のごとく尊敬されている孫文の政
治思想から彼の正体を探ってみました。

まずある本から孫文の生涯を列記します。
「清朝末期の1895年。孫文は人々を貧困から救うため、広州で蜂起するが失
敗。その後、華僑や亡命先の日本で宮崎滔天、犬養毅らの支持を得て、1911年
辛亥革命で勝利を収める。中華民国発足の際には臨時大統領に就任するも、
すぐに袁世凱に地位を奪われ、再び日本に亡命。 仲間の裏切りに遭いながら
も国民党を改組し、革命のさなかの1925年ガンで倒れる」 と書いてあります。

上記の紹介文で 「孫文は人々を貧困から救うため」 と紹介されていますが
本気でそのように思っていたのだろうか?孫文の政治思想を読めば彼の上
から目線の傲慢さは、中国人を幸せにするとはとても思えない。

孫文の革命思想は「三民主義」と称される「民族主義、民権主義、民生主義で
す。孫文の主張を読めば儒教思想と西欧的な民主思想の折衷ですが本音は
中国的価値観が透けてみえます。

彼は中国的本音を隠して諸外国からの支援を得るためにだけに、デモクラシー
という概念と言葉を巧みに利用して革命家の衣を着ています。

彼の正体が見えた主張の一節に「天下を人民のものにするのは人民ではない、
人民を皇帝にするのは人民ではない。それを実現するのは選ばれたエリートの
使命である」と述べています。

そして「エリートが人民のための立派な国家を建設してそれを人民に進呈する
のだ。立派な国家になるまで、国家の建設過程に人民は参加せず、ただ有能
なエリートに一任される」と主張しています。

つまり立派な国家になるまで、国家の建設過程に人民は参加させず、有能な
エリートによって組織された「革命党」だけということになり、いわゆる権力
を握った者だけで国を支配して愚民な人民は口を出すなということです。

しかしいったん権力を握れば彼らは決して人民に国家を移譲するなど有り得
ない。これはまさしく現在中国を支配している共産党一党独裁国家そのもの
です。

それではなぜ人民は政治に参加してはならないのか、それは中国人民は無
能だからと孫文はハッキリ本音を言っています。

孫文はこの本心を隠すために言葉を巧みに操っています。「人民は能力に
よって三分割される。新たなものを創造出来る有能なエリートが「先知先覚」、
その教えを十分に理解できるのが「後知後覚」、ただいわれるままに動く無能
な大衆が「不知不覚」と区別しています。

彼は演説で常に「権力は人民にある」といいながら、実際には人民から権力
を完全に剥奪する思考です。

孫文は演説に集まった多くの人々に対して、自分は無能な「不知不覚」だと
は誰も思わせない、自分は孫文の教えを理解できる「後知後覚」だと思わせ
るような巧みな演説をしています。

しかし孫文の本心は自分以外は全て無能な「不知不覚」だと思っています。
瀕死の中国を救うのは中国広しといえども、われ以外誰がおるのか、「予は
人民の先覚者なり」という傲慢さは歴代皇帝と何ら変わりません。

中国の最大の悲劇は、権力者にとって人民とは全て愚民で支配者の命令に
背くものは生きていく資格がないと思っていることです。未熟な存在はいつ
も民であると思っている中国で、支配者こそが未熟であると思わないところ
が中国最大の悲劇です。

孫文の巧みなへ理屈論を読んでいますと彼の本心は結局近代的な皇帝に
なりたかったのではないかと思われます。近代的という言葉と皇帝は矛盾し
ますが、つまり天下を取るために「革命」という看板を掲げて中国のオーナー
になりたかった。

彼は13歳でハワイに渡りキリスト教系の学校に入り、そこで西洋文明や西洋
の思想にふれ、帰国後医学を学びつつ革命思想を抱くようになり、日清戦争
の終結後に広州で武装蜂起を企てたが、密告で頓挫し、日本に亡命した。

後に1年半にも及ぶ世界遊説を行い、明治38年に日本に着き、革命の根拠
地にしました。彼は革命資金を集めるためにハワイのマウイ島生まれにして
アメリカ国籍を収得しています。

世界遊説先での彼の主張は「300年中国を支配し続けた腐敗堕落した清の
王朝がある限り、中国近代化や発展はない。元々の民族である漢民族が立
ち上がり清朝を倒すため革命を起こさなければならない」と演説しています。

つまり「長い間、中国は満州民族である清の植民地されている。腐敗した
満州民族を追い出すために中国漢民族を支援して欲しい」ということです。

もし中国の歴史を知っているなら 「何を寝言を言うか」 と一笑されるところ
ですが、ほとんどの人々は信じてしまった。特に多くの善意の日本人は彼の
「革命」という言葉に酔って支援をしました。

彼の主張している漢民族は後漢末期の戦乱によりほぼ絶滅し、北方から侵入
してきた遊牧民族に取って代わられています。日本人が大好きな三国志時代
の戦乱で人口が極端に減り、後漢を滅ぼした魏王朝は大量の兵士を北方より
集めて「蜀」を滅ぼしています。そして司馬炎が「魏」を内部から乗っ取り「晋」
を建国して「呉」を滅ぼしています。

日本に縁の深い「随」や「唐」はこうして侵入してきた遊牧民が作ったいわ
ば異民族の中国です。その後も中国は人種も国土の大きさも、さまざま変化
しています。そしてついにはモンゴル人の帝国が南宋までも併合して中国全
土を統一しました。孫文が主張するような純粋な漢民族などどこにもいない。

孫文はハワイと香港に革命団体・興中会をつくり1895年、1900年と二度に
わたり、武装蜂起を企てたが、いずれも失敗します。そして1911年10月辛
亥革命が起こります。しかし孫文は当時アメリカにいました。

革命を起こした人たちの間で内紛が起こり、政府はどこに置くか、また革命
政府のリーダーを誰にするかでもめていました。当時から革命家として世界
的に有名な孫文が12月に上海に帰着すると革命派はそろって彼の到着に
熱狂し、翌1912年1月1日、孫文を臨時大総統とする中華民国が南京に成立
しました。

孫文は演説家であり、煽動家です。話す際には興奮して身振り手振りが大き
くなり、熱狂的な拍手喝采をうけました。また会場には彼の部下が数人いて
彼が会場に入ると、入場者全体を立ち上がらせて、孫先生と絶叫させるよう
に演出していました。

辛亥革命は古代より続いた君主政治を終わらせ、アジアでも初の共和制国家
を樹立し、中国歴史には画期的な革命と世界的に評価されています。その名
誉を孫文は独り占めをしたのです。

孫文は大総統就任演説で 「新国家体制は漢満蒙回蔵諸国で構成する」 と
言い出しました。つまり満洲もモンゴルもウイグル、チベットも台湾もみんな
俺たちのものだと言ったのです。この厚かましさと強欲ぶりは歴代皇帝となん
ら変わりません。

孫文の後の蒋介石、さらに毛沢東までこのインチキ話を受け継いでいます。
彼は革命生活40年のうち、3分の一は日本で暮らしています。その間彼は植
民地支配を脱する漢族の純粋な独立運動だといって、無邪気な日本の善意
にたかり、多くの人たちから借金してそれを踏み倒しても恥じず、また日本女
性との間に子供をもうけたりもしていました。

今や孫文は中国でも台湾でも「国父」と言って尊敬され、海峡両岸で民族の
英雄として高い評価を与えられています。

しかし本当に孫文は中国・台湾から「国父」と崇められるほどの値打ちのあ
る人物なのか?本当に孫文は中国を変えたのだろうか?多くの疑問が残ります。



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台湾と韓国の違い


「台湾 蔡総統が就任」
台湾の女性総統蔡氏は、「国旗」である「青天白日満地紅旗」と「中華民国」
の国父・孫文の肖像を前に三民主義をたたえる「国歌」を斉唱し、右手を
掲げて「中華民国第14代総統」への就任を宣誓しました。
これによって8年間総統を務めた中国工作員である馬英九氏は同日、総統府
を退出しました。

台湾では戦後の長い間、中国から移った中国国民党政権が指導する教科書で
台湾の国民を長く洗脳してきました。しかし台湾出身の李登輝元総統は教育
の台湾化を進めました。李登輝は(京都大学に学び日本で陸軍少尉として入隊)
日本での教育を受け、侍の精神を宿し、国民党の中に入り込んで国のために
徹頭徹尾民主主義への改革を断行しました。

中国からやってきた蒋介石は台湾国民を銃で支配し日本の影響力を排除する
ために日本統治時代の功績をすべて排除した教科書で国民を洗脳しました。

総統になった李登輝は台湾統治に偉大なる貢献をした日本の実績を教科書に
載せました。例えば「八田與一は台湾の嘉南に万里の長城の6倍以上の長さ
の灌漑水路を作った」「磯永吉はコメの品種改良をして蓬莱米を生み出した」
「日本は台湾のインフラを内地と変わらぬ情熱で行い世界で最も良心的な
統治をした」「アヘン吸引の悪習も辞めさせ伝染病も駆逐した」「台湾での
小学校進学率は92%に達した」等

李登輝は「日本の統治時代に日本は実に偉大なことをした。もし日本の台湾
統治がなかったら、おそらく台湾は中国の海南島のような貧しい島になって
いただろう」と感謝の言葉を述べています。このように李登輝はひそかに台湾の
中に日本への親愛の情を育てていきました。だから台湾人は親日国なのです。

それでは全く同じことをした韓国では病的なまで反日です。なぜかを解き明
かしていきます。

日本は韓国統治にも台湾以上の資金を投入しました。日本は30年余りの間に
インフラを整備し学校を千戸以上作り未開の農業社会だった朝鮮は短期間の
うちに近代的な社会に変貌しました。しかし戦後朝鮮は、李承晩によって日
本の統治を全て否定し、彼の悪政よって長い期間にわたって飢餓に苦しめら
れました。

殺人鬼李承晩は反対党への、でっち上げ罪作り謀略、陰謀刺客送り等の悪行
は醜態を極めました。悪の権化の李承晩流の政治陰謀・嘘つき体質は韓国社
会に伝染病のように浸透していきました。

結果韓国人に、詐欺と欺瞞と悪知恵が染み付いてしまい、世界中から信用さ
れず、嫌われる原因を作っています。

1963年に軍事クーデターによって大統領になった朴正煕は家が貧乏で、朴自
身も病弱だったが、小学校は優秀な成績で卒業したため、日本の陸軍士官学
校に留学を果たした。日本では「高木 正雄(たかぎ まさお)」と名乗っていた。
1945年、太平洋戦争終結時には、満洲国軍中尉だった

1965年には「日韓基本条約」を結び、日本との国交を回復。この条約は「日
韓の国家間における賠償・歴史問題を全て帳消しにする」反日政策を日常的
に行っている現在の韓国政府では、この条約が守られていないのが実情である。

彼は日本から莫大な資金と技術を手に入れ「漢江の奇跡」と呼ばれるほど、
韓国を裕福な国に成長させました。現在の韓国がここまで成長したのは日本の
援助なしには考えられない。

つまり韓国は戦前も戦後も日本に感謝こそすれ恨む筋合いは全くない。にも
かかわらず強烈な反日です。親日な台湾と大きく違います。それはひとえに
教育のせいです。

台湾の李登輝と韓国の朴正煕は似たような経歴を持っています。つまり李登輝
は日本の台湾統治時代に教育を受け22歳まで日本籍で日本の伝統につながる
教養を身に着け育っています。京都大学から陸軍に入り少尉として日本のため
に戦いました。

朴正煕も日本の陸軍士官学校に留学をし1945年太平洋戦争終結時には、
満洲国軍中尉でした。彼は「日本の朝鮮統治はそう悪かったとは思わない。
自分は成績がよかったので、日本人の先生が師範学校に行けと勧めてくれ
た。さらに陸軍士官学校では、首席で卒業することができた。卒業式では
朝鮮人であることを差別せず、日本人を含めた卒業生を代表して答辞を読ん
だ。日本のやった政治も感情的に非難するつもりはない。むしろ評価している」
と感謝しています。

それではなぜ台湾は親日で韓国は反日なのか?

李登輝は蒋介石が作った偽りの歴史教科書を真実の教科書に作り替えた。
しかし朴正煕は李承晩が作った反日教育を改めなかった。韓国人たち全員が
韓国政府が都合よく作り上げた国定教科書で勉強し国民のほぼ全員が捏造
された自国の歴史を信じてしまった。

韓国の教科書では、「あらゆる朝鮮人が日本人の奴隷として生き、搾取されて
死に、追い出された時代だった」「朝鮮は平和を愛する国民で、人々は幸せに
暮らしていた、そこへ日本人がやってきて殺人と収奪を始めた」との大嘘が
書かれています。

朴正煕は「韓国の歴史はあまりにも惨めすぎた」と言っています。彼は日本が
来る前の朝鮮はあまりにも未開で悲惨だったという事実を国際的に隠した
かった。だから李承晩の作った反日洗脳歴史教育を訂正しなかった。

我々日本人は朴正煕の子供である朴槿恵が大統領になったとき、朴正煕の
娘であるいじょう真実の歴史を知っているものとして歓迎しました。ところが
日韓の関係性について 「加害者と被害者という立場は1000年過ぎても変わ
らない」 との演説で日本人をうんざりさせました。

つまり李承晩の作った反日洗脳教育で育った朴槿恵大統領は筋金入りの反
日思想の持主に育っていたのです。一部の日本人が言っているように政治的
パフォーマンスではなく心底の反日思想の持ち主になっていたのです。歴史
教科書を真実に戻さなかった朴正煕の罪がいかに大きいか愕然とします。

台湾が「親日国」で韓国が「反日国」である理由がわかっていただけたと
思います。もし台湾に李登輝がいなかったら、台湾は韓国と同じ反日国に
なっていました。

(次回に続く)
次回は台湾の歴史について考えてみたいと思います)

いつもの水曜日にアップできなかったのは、パソコンの調子が悪く
2日間も悪戦苦闘しました。最後はあきらめて遠方に住んでいる
息子に助けてもらいやっと解決しました。
私のブログは常に誰かに狙われているような気がしてなりません。


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台湾海峡 波高し     7月6日(水)


妻と娘と親戚、その他6名の女性ばかりで台湾旅行を計画しています。
日曜日の夕食時にその話がでました。話題は中華料理のことばかりで
私も意見を求められました。

ところが台湾は10数回も言っているが食事の記憶が全くない。美味し
かったのか、不味かったのか、まるで思い浮かばない。そこで口に出た
のは料理とはまるで関係の無い「台湾海峡波高し」でした。

妻と娘は呆れたように私を見てそれ以降私に意見を求めることはありま
せんでした。台湾には友人が数名おり、台湾のすばらしさも、嘆きも、
苦しみも分かっているつもりですが、妻と娘が知りたがっている台湾
とは、まるで関係がありません。

きょうは彼女たちが興味を示さない台湾について述べてみたいと思いま
す。彼女たちが台湾に対してどれくらい知識があるのか分かりませんが、
日本人が持っている一般的な台湾のイメージを少しでも払拭出来れば
彼女たちの台湾観光旅行も意義あるものになります。

まず「台湾独立」という言葉が日本では一人歩きしています。独立と
言う言葉には台湾は元々中国の領土であったという意味に捉えられます
が、台湾は過去一度も中国の領土であったことはありません。

1683年清朝は台湾を制圧して鄭氏政権を滅ぼすことに成功した。清朝は
鄭氏政権を滅ぼす為に台湾島を攻撃・制圧したのであり、台湾島を領有
するつもりはなかった。

清朝は、台湾住民については「化外(けがい)の民」(「皇帝の支配す
る民ではない」、「中華文明に属さない民」の意)として放置し続けて
きました。

1894年日清戦争が勃発、日本が台湾を支配しました。日本の統治時代に
は、どんな田舎に行っても電気があり、水道もありました。それに台湾
全土に学校を建、そこには日本から優秀な先生がきていました。

台湾の歴史はこれくらいにして台湾人の心情について述べてみます。

日本人は「台湾が中国から独立できなくてもがいている」とかってに
解釈していますが、台湾の立場から見れば台湾はれっきとした国なので
いまさら独立する必要がありません。

あえて独立というならそれは中国から逃げて台湾を支配した蒋介石が
北京語と捏造歴史教育という手段で台湾世代を分断し中華思想に染め
上げて、中国人にしてしまったことからの独立です。

台湾人は中国人ではない。台湾人は台湾人です。台湾は李登輝氏の
お陰で台湾の真実の歴史を知り、アイデンティティが変わり誇りを
持つことができたのです。

私の知っている台湾ビジネスマンの100%は中国を嫌っています。彼ら
は商売上は中国を利用していますが、もし中国に吸収されるくらいなら
無一文になっても外国に逃げたいと本気で思っています。

台湾ビジネスマンとビールを飲めば「過去中国の台湾いじめは数え上げ
ればきりがない、下品で詐欺師で、恫喝で人を動かし、賄賂をあからさ
まに要求する。中国人というのは果たしてクレディビリティー(信頼)
があるのかどうか、日本人はもっと知る必要がある」と口角泡を飛ばし
て興奮してしゃべります。

「もし万が一台湾が中国の口に入ってしまったら、台湾の命運はつきる。
二度と修正はできない」と台湾ビジネスマンは言っています。

しかし台湾人はこのような本音をあからさまに言えない。彼らは中国の
ミサイルが200発以上台湾に向かって建っていることを知っています。

そのうえ中国に敵対するような言動をすれば、中国大陸に投資した工場
が取られてしまう。だから中国に対して曖昧模糊な主張しかできないの
です。

もし中国が台湾に攻撃をかければアメリカと日本は協力して中国を
叩くべきです。中国を壊滅させたとき始めて日本も台湾も真の独立が
できます。

同じ価値観を持つ日米台が中国という邪悪な国を滅ぼすことは、人類の
ためであり、地球のためです。

それにしても
「日台は運命共同体」「台湾は日本の生命線」であると理解している
日本人は一体どれくらいいるのでしょうか?



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7月4日と今日6日のブログがFC2ランキングにアップされていません。
こんなことは始めてです。工作の臭いを感じています。

韓国には李登輝はいなかった    5月13日(金)


前回は、「台湾慕情」として日本による統治時代に台湾の社会的基盤が
構築されたことを正しく評価する教科書づくりに取り組み、子供たち
に真実を教えた偉大な李登輝氏と当時アジア一の鳥山頭ダムを建設した
八田與一氏について書きました。

同じように日本に統治されながら、なぜ台湾と韓国との間で日本に対
する感情の表れに大きな違いが生じたのか、それは韓国の子供たちが
反日を目的とした捏造・歪曲の歴史教科書によって育てられたからです。

「親日派のための弁明」の著者である金完燮氏は「韓国人は幼い時から
学校や家庭で、あるいは社会をつうじて、様々なやり方で捏造された
歴史を学びます。これによって韓国人は日本統治時代とは、あらゆる
朝鮮人が日本人の奴隷として生き、搾取されて死に、追い出された時代
だったという認識をもつに至ります」と述べています。

金完燮氏は「私の日本観において決定的な方向転換がなされたのは海外
旅行の結果である。特にオーストラリアに2年間滞在することによって
朝鮮の開国期と日本統治について、一方的に歪曲された歴史認識から
徐々に抜け出す事ができた」と著書の中で述べています。

つまり彼は海外の歴史書を見たことによって歴史を歪曲しているのは
日本ではなく韓国であると認識したのです。

彼は著書の中で「日本の統治により朝鮮は多大の発展をとげた。30年
余りのあいだに1000万足らずだった人口が2500万人に増え、平均寿命
は24歳から45歳に伸び、未開の農業社会だった朝鮮は短期間のうちに
近代的な資本主義社会へと変貌した。本土からは優秀な教師が赴任して
朝鮮人を教育し、日本政府から莫大な資金が流入し、各種インフラが
建設された」といっています。

そして彼は「日本時代は私たちにとって幸運であり祝福であったという
ことはできても、忘れたい、あるいは認めたくない不幸な過去だといえ
るはずはない」とまで言い切っています。

台湾が蒋介石によって北京語と捏造歴史教育という手段で台湾の世代を
分断したように韓国も歪曲された歴史教育によって戦前の世代と戦後の
世代が分断されたのです。

日本も狂った日教組によって「戦前の日本は悪」「戦後の日本は善」と
世代を分断し、そして日本は戦争犯罪を犯した侵略国家だった。日本
が平和なのは平和憲法のお陰である。軍隊をもたず戦争を放棄すれば
平和になるという幼稚な言葉で子供たちを洗脳してきました。

韓国は歪曲された歴史教育で反日になり、日本も「植民地支配と侵略に
よってアジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えた」との一方的な
歴史認識を植えつけることによって反日的日本人を育てました。

李登輝氏は、「日本は戦後の教育の方向を取り違えてしまった。八田
夫妻が今でも台湾の人々によって尊敬され、大事にされる理由に、義を
重んじ、誠をもって率先垂範、実行する日本的精神が脈々と存在して
いるからです。日本を数千年の長きにわたって根幹からしっかり支えて
きたのは、そのような気高い価値観や道徳観だったのではないでしょ
うか」といってくれています。

また李登輝氏は日本の左翼が叫ぶ「非武装中立論」を根拠のない幼稚な
安全保障の考え方だと断罪しています。

金完燮氏は「日本の東アジア進出は、西洋帝国主義の侵略とはちがって、
搾取と収奪が目的でなく、革命と近代精神を伝播しようとの意図が前提
となっている。日本帝国は朝鮮と台湾で民衆を抑圧する旧体制を清算し、
近代的な法の統治を実現させた。その結果日本が統治する地域の住民は
文明の洗礼を受け、より人間らしい暮らしを享受できた」と言って
います。

また金完燮氏は「日本は多くの偉業を成し遂げ、人類の歴史に多大な
貢献をした国である。このように輝かしい歴史を持っている日本が、
一度戦争に負けただけで、自らの歴史にプライドを持てず、自らを虐げ
ている現実は悲しく、もどかしい」とまで言ってくれています。

日教組のやってきた国家否定の教育によって、祖国罵倒、日本と日本人を
卑しめ、辱め卑屈にする言論を吐き続けてきた文化人や学者たちは一度
李登輝氏や金完燮氏の本を読んでください。

日教組の邪悪なマインドコントロールは今日も無心な子供たちに掛け続
けています。



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台湾慕情     5月11日(水)


「ダム建設 八田興一記念公園完成」という小さな新聞記事が目に
止まりました。台湾に世界有数の鳥山頭ダムを建設した八田與一氏
の功績を知っている日本人はほとんどいません。

日本の歴史教科書には出てこないが、台湾では歴史教科書に載せられ
ています。

八田與一氏が設計した烏山頭ダムは当時アジア最大のダムで、水路の
長さは万里の長城の6倍以上になり、干ばつに苦しむ台湾南部を一大
穀倉地帯にし、お陰で台湾での米生産量は4倍以上になりました。

八田與一をたたえる記念公園の完成式典が8日、台南市で盛大に開催
され、馬英九総統が出席して「台湾が日本に割譲されたのは歴史の
悲劇だが、日本が台湾を統治した50年に重要なインフラ建設があり、
貢献は無視できない」

「八田氏をたたえることは植民地支配を美化すると批判があるが恩讐
を分ける態度が必要だ」と述べ、そして最後に「私は日本の最良の
友人」と言い切りました。

日本人の馬英九氏に対する認識は「親中反日反台」です。なんせ馬英
九氏は尖閣諸島問題で「領有権を守るために、日本と一戦も辞さない」
と発言し、日本による植民地統治にも厳しい評価を下しています。

ところが馬英九氏は、時折従来の強硬な姿勢を軟化させつつあるような
発言をしますが、私はあまり信用していません。

馬英九氏の祖籍は中国湖南省であり、香港の九龍で生まれています。
中山奨学金の給付生としてハーバード大学博士課程を修了、在学中は
留学生を監視し、民主化運動について国民党に報告するスパイ活動に
従事していたと言われています。

帰台した馬英九氏はエリート階段を駆け上がり2008年ついに中華国民
総統に就任しました。

戦後台湾は中国本土から逃げてきた蒋介石のものになり、日本が50年
にわたって営々と築きあげてきた膨大な資産は全て蒋介石が率いる中国
国民党のものになった。

当時台湾は日本人の統治ですでに近代国家になっていました。そこえ
中国から国民党軍がやってきたのです。やって来たみすぼらしい中華
民族を見て台湾人は絶句しました。

文字の読み書きも出来ず、電気も水道も知らなかった。どこへでもゴミ
を捨て,法の意識が全くなく、略奪も詐欺も殺人も当然とばかり行う、
治安も衛生事情も極端に悪化、国民党は自分たちを「外省人」と呼び
元々の台湾人を本省人と呼んで差別し、日本語を禁止して北京語を
公用語としました。

そしてついに台湾人の不満が爆発、2.28事件が勃発、大陸からやって
きた国民党軍はアメリカの援助でもらった機関銃を台湾人に向け無差
別に乱射、特に知識人の根絶を狙った計画的虐殺でもありました。

その後国民党は台湾人を中華民族化するための洗脳教育を徹底的に
進めた。大陸から来た為政者たちが、自分たちのみすぼらしい歴史を
知られるのを恐れて、日本統治時代を否定する教育で台湾の子供たち
を洗脳しました。

ところが日本で教育を受けた李登輝氏が88年台湾人として始めて総統
になり「教科書改革」に懸命に取り組みました。つまり捏造された教
科書をすて台湾の真実の歴史を子供たちに教えたのです。

当然そこには日本統治時代の後藤新平や新渡戸稲造,八田與一等の
功績を正しく評価する内容が載っています。

そして90年以降の真実の教科書で育った台湾人は親日派になっていった
のです。馬英九氏は捏造された教科書で育ち真実の歴史を知らなかった。

ところが李登輝氏の影響を受け徐々に現在の台湾の近代化は日本統治
の恩恵だという真実を知ったのではないかとおもわれます。

だから日本による植民地統治に厳しい評価を下していた馬英九氏が
八田與一氏の偉大な功績を知ることによって台湾の恩人として認め
記念公園を作ったのだと考えられます。

この続きは次回にて



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著書

辻本貴一の本 辻本貴一の本

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