中国人と付き合うために  12月10日(土)


江沢民の死去によって中国の正体をもっと深く知るチャンスがきました。
1998の10月の宮中での公式の宴会で江沢民は例の尊大な調子で上か
ら目線で「日本人は歴史を鑑とせよ」とのたまった。その時から私は中国人
が大嫌いになりました。

私は1993年から中国に本格的に進出しました。そして途中で中国および
中国人に幻滅し、彼らとの契約式合弁事業に早く見切りをつけ撤退の事ば
かり考えていました。以前のブログにも書いたように怪我しないように、
一般的にやっているような合弁ではなく、法人格を登記せずに、それでいて
工場を支配する方法を考えて進出しましたので何も慌てて撤退することも
なかった。

しかし彼らはあまりにも不潔で嘘つきで、その二枚舌に呆れていました。
私が中国人に騙されないのは進出する前に岡田英弘教授の貴重な講義を
直接聞いていたからです。

お陰で書物にある建前の中国ではなく中国人の正体がどんなものかに目
が開かれていたからです。今回は岡田教授の話を思い出して書いてみます。
中国を理解するために。

中国人は共通の歴史がない‥そんなばかなとお思いでしょうが、中国人は、
実に多種多様である。55の少数民族があり、民族のなかも、人様々,ひとり
ひとりがみな別々で、他人のことを「同じ中国人だ」と考えて連帯する、とい
うような考えはない。

それは一つには「中国語」というものが、20世紀になるまでどこにもなかった
からです。20世紀になるまで、なぜ中国語がなかったのか、ということを理
解するために、中国の歴史を少し勉強しましょう。

「中国」という名称事体、じつは20世紀に誕生したものです。中国の起源と
いえる国家が誕生したのは、紀元前221年の秦の始皇帝の統一のときで
す。日本のマスコミは、いつも「中国4千年」とか「中国5千」などという
キャッチフレーズを使うが、実際には中国は2200の歴史しかない。
日本に最大の影響を与えた儒教の開祖である孔子が活躍したのは紀元前
552世紀、春秋時代のことである。

当時は秦の始皇帝の統一以前であり、強大な中央権力がなかった。要する
に、まだ中国が存在しなかった状態であり、日本や世界が知っている中国は、
結局このあたりまでである。

その後,後漢末期の戦乱により漢民族はほぼ全滅し、北方から侵入してき
た遊牧民に取って代わられる。隋や唐はこうして侵入してきた遊牧民が
作った、いわば第二の中国です。この第二の中国人の帝国も、契丹人が
建てた遼や、女真人が建てた金に北半分を取られてしまう。

そして、ついにはモンゴル人の帝国が南宋まで併合して中国全土を
統一することによって我々が知っている中国は消滅してしまう。
14世紀になってやっと明という中国人の帝国が建てられるが、それも
満州人の清朝に征服され、中国人はまたも独立を失う。

このように大まかな歴史を辿っても、彼らが言うような「永久不変の中国」
など存在しない。

このブログの前半部分に「中国人は共通の歴史がない」「20世紀になる
まで中国語は無かった」と書きました。それは今の中国の中央部分には
秦・韓・魏・趙・斎・燕・礎の7カ国があって、それぞれが自分の国の言葉を
用いており、記録を作っていた。

漢字の字体も違うし話していた言葉も違っていた。だから秦の始皇帝が
統一するまで中国という国は無かった。日清戦争に負けた清朝は、二千年を
超える伝統のシステムを放棄して、日本式の近代化に切り替えたが、この時
これまでの起源の違ったことば同士ので仲介役で会った文章語も破棄して、
日本語に置き換えた。

そもそも漢文の文章語自体が、どの中国人にとっても外国語だったのだから、
この切替は簡単でした。

日清戦争後、中国留学生が日本へ約1万人近くやって来た。日本に簡単に
負けた事によって彼らは日本の偉大さを知り、自国の愚かさを知った。

有名な逸話に、隣に住んでいる同じ中国の留学生同士が。故郷が違うだけ
で言葉が通じない、意思の疎通は習いたての日本語で会話した。また彼らは
自国の歴史を全く知らない、ところが日本の図書館には中国の文献が山ほど
あった。そのほとんどが孔子や孟子の時代、つまり紀元前552年の漢人の
時代の文献である。日本や各国が影響を受けたのはこの時代の中国である。

特に日本人は無数の漢籍を大陸から持ち帰り(遣隋使、遣唐使)それを読み
込んできた。日本文化がこうした中国文化の刺激を受けつづけてきたのは
事実である。現代の日本では、漢語を読める人は減ったけれども、その教養
の伝統は消え去ったわけではない、誰でも「論語」や漢詩の
名句は知っているし、また、日常語の中に、漢籍起源のものもすくなくない。

そうした漢籍による教養が現代中国とのギャップができた。漢文を通じて
中国人を理解することぐらい、絶望的な行為はない。日本人は漢文=中国語
と思っていることが中国人を見えなくしてしまっている。

少なくとも、この2千年間というもの、漢文は中国語とは全く関係がない。
だから漢文をいくら読んでも、中国人の正体を知ることは出来ない。

つまり我々の知っている中国人と現代中国人は全く別の人種であること
を理解しなければ、いつも騙されることになる。



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中国人の真っ赤な噓に騙されるな  12月4日(日)


「江沢民元主席 死去」という見出しが新聞の一面に大きく載った。私が
中国を大嫌いになった最悪の人間の一人です。この男の礼儀知らずは
日本の園児より酷い。

今でも克明に覚えているが、それは中国国家元首による天皇陛下に対する
侮辱行為である。我々日本人はこの出来事を決して忘れてはならない。

天皇・皇后両陛下主催の宮中晩餐会の席上でこの男は平服姿で臨席し
「日本人は中国人民とアジアの人民に大きな災難をもたらした。反省しなけ
ればならないと過去の歴史について遠慮のない日本批判を行った。

その前に天皇陛下は「貴国と我が国が今後ともお互い手を携えて、直面する
課題の解決に力をつくし、世界の平和のため、貢献できる存在であり続けて
いくことを切に希望します」と歓迎の辞を述べられた。

それに対する彼の答礼がこの失礼な言葉である。なんという無礼、何という
厚顔無恥、天皇陛下の前で、相手国の元首が取る言動ではない。
宮中晩餐会という特別な席で、このような園児にも劣る発言を平気でしたの
です。このような人物が中国の最高指導者である。

この晩餐会に臨席した故中川昭一經濟相は、「天皇陛下の御前での江沢民
の傲慢な態度を見て、我慢ならなかった」と語っています。

江沢民は90年代半ばから、日本による中国侵略の歴史を強調する愛国主
義教育(噓の教育)を強化し、中国人の対日感情悪化をさせた。

江沢民氏は98年8月、外交当局者を集めた会議で「日本に対しては歴史問
題を永遠に言い続けなければならない」と指示。同年11月には国家主席と
して初の公式訪日で、「日本軍国主義は対外侵略拡張の誤った道を歩み、
中国国民などに大きな災難をもたらした」と強い口調で歴史認識問題に言及
した。


言われ放しは御免蒙る!日本人の名誉を守るために中国の真っ赤な大嘘を
暴きたいと思います。中国の大嘘を6~8個挙げたいと思いますが、
個々を説明するには1冊の本ができます、個々の説明は何時かしたい
と思います。

まず「日清戦争は侵略戦争だ」の嘘、「南京大虐殺」の嘘、「満州事変は侵略
だ」の噓、「盧溝橋事件は日本が仕掛けた」の噓、「細菌戦で27万人の中国人
が死亡」の噓、「尖閣諸島は中国領」の噓、「靖国神社参拝は侵略正当化だ」
の噓、「化学兵器は日本軍が遺棄した」の噓、まだまだ有りますが、歴史
を鑑にと言いながら噓の歴史問題を論じるのは一体どちらか!

野蛮な江沢民だけが「礼儀知らず」だけでなく、中国人の全てが礼儀知らず
です。習近平中国国家主席が英国を公式訪問した際の中国訪問団について、
エリザベス女王が「とても失礼だった」と発言していたことが明らかになった。

特に英警視長は「中国人はとても失礼で、外交的ではありませんでした」と
述べ、中国使節が会合の席を立って退場した一件について話すと、女王
は「なんという失礼な方々でしょう」と答えたとBBC放送が述べています。

恥ずかしい限りです。このように中国人はマナーをもっと勉強しなければ
世界の舞台に立てません。
(次回は反日プロパガンダにトドメを刺すために、日中歴史の真実を書いて
みます)


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世界に迷惑をかける中国   11月29日(火)


前回は「中国を信用するな!」と書きました。今回も中国の嘘を暴いていきた
いと思います。まず「台灣与党 地方選大敗 蔡英文総統、党主席を辞任」
の新聞の見出しを見て心配しています。

「親中派の最大野党 中国国民党が勝利」これでは日本や欧米などの
信頼を失うことになります。「中国には屈しないと」発言してきたからこそ
台灣の信用は民主主義の価値を重視する国の一員だと思っていたが、
それだけに民進党の敗北によって台灣の民意が中国の圧力の屈したと
思われます。

台灣民衆は香港の姿を見ているだけに全面的に中国側になるとも思ってい
ないが、私は物価高への不満が一時的に高まっただけだと思っています。

そこで今回は中国側が主張する[台灣は固有の領土]と言っていますが
真っ赤な大嘘であることを説明したいと思います。

中国は[台灣は固有]の領土だと世界中を騙していますが、中国は建国
以来一度も台灣を領有したことはない。中国人は自分の欲しい地域を、
しばしば「固有の領土]などと気軽に主張するが騙されてはいけない。

固有領土とは、国家成立した段階で領有していた土地か、あるいは無主地
として獲得した土地を指していうものだ、中国にとって台灣はそのいずれにも
該当しない。しかし台湾人の多くは中国語を喋っている。

それは戦後中国本土から蒋介石がにげて台灣を支配し、住民の言葉を北京
語に統一した。これが世界各国に誤解を招くもとになっている。台灣を最初に
領有したのはオランダである。そのオランダ側が島内の開拓要員として受け
入れた多くの季節労働者が中国人である。

日清戦争後、日本の統治が始まって治安が一挙に良くなり、守る法が出来、
病原菌の温床だった飲料水も上下水道の整備工事によって衛生状態も
格段に良くなった。その他多くのインフラ工事をした。

数年のうちに治安は世界一良くなリ泥棒もいなくなった。50年で台灣の
児童就学率は93%になった。早くいえばたった50年で先進国になった。

中国は日清戦争で敗北すると自分の土地でもないのに台灣を日本に永久
割譲した。これは下関条約という近代国際条約に基づいた正式な領土変更
であり、中国政権はこれによって台灣の主権を完全に失った。

オランダはそれ以前に、台灣を失っている。それは明の遺臣として鄭成功が
オランダを追い出したからです。しかし鄭成功の帰るべき国である明が滅び
清の支配下に入っている。

清国は台灣を攻撃、鄭成功は降伏したが、清国は台灣を占領する事なく、
台灣を放置した。何故なら台灣は、ペストにコレラ、天然痘、チフス、ジフテ
リアア、マラリアなど風土病の島であった。

中国は「台灣は昔から単なる無法者の巣窟で清国にとって病気に掛かって
すぐに死ぬような風土病蔓延の台灣などいらない」という意見だった。しかし
日本の統治が始まって10年経つと大陸から大量の中国人が来た。

仕事はあるし、収入もいいし治安もいい天国だということで大量にきた。
自ら中国人を捨て台湾人になった。これで日本の台灣統治がどいうもの
だったかは証明されている。

李登輝氏は「日本人は台灣で偉大なことをやった。もし日本の台灣統
治がなかったら、台灣は南海島のような貧しい島に成っていた」と言った。

しかし韓国と日本の左翼は台灣が親日であることが気に入らない。世界が
反日的なることを望んでいる。国民政権は戦前日本の台灣統治を大絶賛して
いた。「日本人にできて中国人になぜ出来ないのか」と台灣知識人は嘆いて
いた。
台灣が親日的なのは李登輝が真実の歴史を教科書に載せたからです。
韓国が反日的なのは李承晩が歴史を捏造して教科書を作ったからです。

第二次戦争後日本は台灣への主権を放棄したが、中国への割譲ではない、
放棄後の台灣の新たな帰属先は決められていない。それは連合国間で
割譲先である中国が、国民当政府であるか、中国共産党であるか決めか
ねたからです。かくして日本による「台灣返還]は永久に不可能となった。

そして世界は国際法の住民自決の原則に従い、台灣の帰属先は台灣住民
以外にないと決めた。

自らの国の歴史に目を開く事によってのみ国民の運命がきまる




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中国人を信用するな!  11月22日(火)


中国人の事を悪く書くと必ず[中国人を一方的に悪く書くな,日本人にも同じ
ような人がいる]とか「話し合いもせずに理解するな」とか必ず擁護する人
がいる。

しかし私は長く彼らと付き合い、多くの騙された日本人を知っている。
数え切れないほどの日本企業が大陸進出を図ってきた。そして、
その大多数の企業は途中で中国及び中国人に幻滅し、彼らとの
合弁事業に見切りをつけ、撤退していった。

中国人は相手が誰だろうと、相手の弱点を発見すれば容赦なくそこに攻撃
を仕掛けてくる。契約書の不備や、経営者の不注意を彼らは決して見逃さ
ない。

その結果、日本人の多くは中国人との共同作業に嫌気が差し、ついには
撤退してしまう。しかし中国人は反省せず日本企業が逃げ出さないように
法律で縛って逃げ出さないようにする。日本人が法律をよく守ることを知って
いるからです。

昔から法律を守らない中国人は日本人を腹の底で笑っている。彼らの辞書
には「信頼関係」という単語は存在しない。

日本人の中には、中国に対する抜き難い幻想が居座ってる、それはなに
かといえば「日本人と中国人は古くからの隣人である」と言う幻想であり
「日中は理解し合える」という間違った思い込みである。
日本の親中派の政治家に多い。その親分が二階俊博や宏池会の連中で
ある。この幻想から自由にならない限り、日本人はこれから先も中国人と
付き合っていくことは永遠に出来ない。


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リスキーな中国工場の経営  11月17日(木)


私は会社経営者です。卒業以来日本経済新聞を購読していました。そこに
書かれていることは真実と思って熱心によんでいました。卒業して7~8年で
2代目経営者になることを運命だと覚悟して日経新聞で勉強していたのです。

内容はほとんど忘れていますが、はっきり覚えていることは中国を絶賛して
いることです。そして「バスに乗り遅れるな!」と盛んに誘導していました。
記事に踊らされて1993年に中国に進出、最初は慎重に商社に任してから
の仕入です。

1995に契約式合弁会社を作りました(私のオリジナル)。契約は3年です。
期限満了持に全ての資産を中国側に無償で引き渡すことを条件として投資
を優先的に回収する。何故資産を無償で中国側に引き渡すと契約したか、
機械及びその他の設備投資を日本に持って帰れないことが分かっている
からです。

それなら3年で中国側に無償で引き渡すと契約したほうが相手側は喜ぶ。
その代わり仕入れ金額の5%~10%を引くと契約しました。約2年半で
投資額を全て回収する。その後も当社の製品を作り続けていました。

つまり設備機械がどちらかなどかんけいありません。そのために法人格を
現地で作らなかった。、工場に約150名の人たちの給料は日本側は関係
ありません。当社は出来上がった製品を輸入するだけです。

しかし工場は日本側が支配しました。なぜなら工場は100%当社の製品
だからです。引き取らないと困るのは中国側です。契約から13年間、他社
の製品まで引き受けてこの工場で製品をつくり続けていました。

もともと中国カントリーリスクから逃げるつもりでしたから他国(スリランカ、
ベトナム、台湾)で準備していました。詳しいことは私の著書「こら中国いい
加減にしろ」に書いています。

いずれにしても中国の国際法を無視した勝手な法律で日本側を縛るなど、
危険がいっぱいです。しかし中国が台湾に侵攻した時点で全てが終わる、
そのことを全く無視した大阪会議所の鳥井会頭は「中国は隣国で距離も
近く対中ビジネスをやめるわけにはいかない、政治と経済は考え方を
切り分ける必要がある」と、台湾有事が目の前に迫っているのにこの
余裕、また関西経済連合会の松本正義会長は関西と中国の蜜月を
アピールするなど台湾有事への緊張感やリスクなどまるで感じさせない。

つまりトップの見識のなさは社員を路頭に迷わすことになります。
当時、何故現地で法人格を作らなかったか、一旦工場を作ると、全てを
捨てない限り帰ってこれないからです。

まず認可した役所の了解と会社役員の了解がいります。現地で工場を作る
と必ず中国人の重役を最低一人登記しなければいけません。工場を廃棄す
るとき役所も中国人の重役からも了解を取るなんてことはまずできません。
法人登記をしていると赤字になっても給料は払い続けなければいけません。
だから会社を作らなかったのです。

工場経営は現地に任しているから社員の給料は関係ありません。中国の
法律に縛られないために法人を作らなかったのです。中国で工場経営を
する時はいつでも逃げることを前提にして考えなければいけません。

30年前の話ですからほとんど忘れていますが、幸いにも円が140~150に
なりました。逃げる最後のチャンスです。中国には大小合わせてまだ、
約12000社ほどの日本企業があるそうです。

関西財界の総本山・関経連、松本会長殿、中小企業の従業員を失業させ
ないでください。貴方のような雇われ社長は退職金をたっぷり貰っていつで
も辞められます。だから被害は小さいです。

だが中小企業の社長はいつも命をかけています。中国からの理不尽な法律
で会社を潰した人を何人も知っています。日本のメディアは事態をいつも予見
できません。

中国破滅シナリオはすでに決まっています。
..世界中の対中制裁は、まだまだ続きます。


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